『伊勢物語』 第九段「東下り」(富士の山) 舞台:富士山(静岡県) 成立:10世紀 作者:作者未詳 ―――――――――――――――――――――――― 【原文】 時しらぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪のふるらむ 【現代語訳(抄訳)】 宇津の山を越えて、富士の山を見ると、五月の末だというのに、雪がたいそう白く降り積もっている。 「季節をわきまえない山は富士の山だ。今をいつだと思って、鹿の子の毛のようにまだらに雪が降り積もっているのだろう」 その山は、ここ都でたとえるならば、比叡山を二十ほど積み重ねたくらいの高さで、形は塩尻(塩田で砂を円錐形に高く盛り上げたもの)のようであった。 陰暦の五月の末は、今でいえば七月上旬、真夏である。都で育った一行にとって、真夏に雪をいただく山など想像もできないものだったのだろう。季節を知らない山だとあきれてみせながら、その雪の模様を、子鹿の背にある白いまだら模様にたとえている。季節外れの雪に驚く気持ちと、それを軽やかに言い表す機知とが一つになった歌である。 「比叡山を二十ばかり重ね上げたらむほど」という言い方も、都の人らしい誇張でおもしろい。比叡山の高さは約八百五十メートルなので、二十倍すれば一万七千メートルにもなってしまう。実際の富士山の高さは約三千七百七十六メートルだが、それほど途方もなく高く見えたということであろう。 『竹取物語』では、帝が不死の薬を焼かせた山として富士が登場する。『伊勢物語』では、都を離れた男が東国で初めて目にする驚異の山として描かれる。富士山は、平安時代の人々にとって、はるか遠い東国の象徴であった。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:五月の末に雪をいただく富士を見て「時知らぬ山は富士の嶺」と詠む。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E7%89%A9%E8%AA%9E