『今昔物語集』 巻二十六第十七「利仁将軍、若き時京より敦賀に五位を将て行く語」 舞台:敦賀(福井県) 成立:1120年頃 作者:編者未詳 ―――――――――――――――――――――――― 【現代語訳(抄訳)】※要確認 今は昔、利仁の将軍という人がいた。若いころ、時の摂関家に仕えていた。その家で、正月の大饗が終わった後、残り物の芋粥を下仕えの者たちが食べていたが、その中に、長年仕えている五位の侍がいた。五位は芋粥をすすりながら、「ああ、いつか芋粥を飽きるほど食べてみたいものだ」とつぶやいた。 それを聞いた利仁は、「それなら、私が飽きるほどご馳走しましょう」と言って、後日、五位を馬に乗せて連れ出した。東山のあたりかと思えば、山科を過ぎ、関山を越え、三井寺まで来ても止まらない。「どこへ行くのか」と問うと、「敦賀です」と言う。五位は驚いたが、今さら一人で帰ることもできない。 途中、琵琶湖のほとりで狐を捕まえた利仁は、「今夜のうちに敦賀の家へ行って、明日の巳の刻に高島のあたりまで迎えに来るよう伝えよ」と狐に言いつけて放した。翌日、本当に迎えの者たちがやって来て、「昨夜、奥方に狐が取り憑いて、そのように言いました」と語った。 敦賀の利仁の家に着くと、夜のうちに、長さ三、四寸、太さ三寸ほどの山芋が、軒の高さまで積み上げられた。大釜をいくつも据えて、甘葛の汁で芋粥を煮る。朝になって、銀の提げ物に一斗も入るほどの芋粥が運ばれてきたが、五位は見ただけで胸がいっぱいになり、一杯も食べきれなかった。「もう十分です」と言うと、一同は大笑いした。 五位はひと月ほど滞在して、たくさんの贈り物をもらって京へ帰った。長年仕えて人に重んじられる者には、このようなこともあるのだと、語り伝えている。芥川龍之介は、この話をもとに『芋粥』を書いた。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:五位の侍が藤原利仁に連れられ、飽きるほどの芋粥をふるまわれる。 ※この話は細部に記憶違いを含むおそれがあります。引用・公開の際は原典と照合してください。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E6%98%94%E7%89%A9%E8%AA%9E%E9%9B%86