『今昔物語集』 巻三十第九「信濃国の姨母棄山の語」 舞台:姨捨山(更級)(長野県) 成立:1120年頃 作者:編者未詳 ―――――――――――――――――――――――― 【現代語訳(抄訳)】※要確認 今は昔、信濃の国更級というところに住む男がいた。幼いときに親を亡くし、伯母に育てられた。伯母を親のように思って、長年ともに暮らしてきた。 ところが、男の妻は、この伯母をひどく嫌っていた。伯母は年老いて腰が曲がり、体も二つに折れたようになっていた。妻は事あるごとに、「あの婆さんを、深い山に連れていって捨ててきてください」と夫を責めた。男も、はじめは聞き流していたが、繰り返し言われるうちに、しだいに心が傾いていった。 八月十五日の月の明るい夜、男は伯母に、「寺でありがたい法会があります。お連れしましょう」と言って、背負って家を出た。伯母は喜んで背負われていった。男は、高い山の峰の、下りられそうにもないところまで登ると、伯母をそこに置き去りにして逃げ帰った。伯母は、「これ、これ」と呼んだが、男は答えずに山を下りた。 家に帰って横になったものの、男は眠ることができなかった。長年親のように養ってくれた伯母を捨ててきたことが、悲しくてならない。見れば、あの山の上に月が冴え冴えと照っている。男は一晩じゅう月を眺めて、こう詠んだ。 わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て 男は夜が明けるのを待ちかねて山に登り、伯母を背負って連れ帰った。そして、もとのように大切に養ったという。 それから、この山を「姨捨山」と呼ぶようになった。「慰めがたい」ことを「姨捨」と言うのは、この歌に由来するのである。 長野県千曲市の姨捨は、冠着山のふもとに棚田が広がり、水を張った田の一枚一枚に月が映る「田毎の月」の名所として知られる。芭蕉も『更科紀行』の旅でこの地の月を見に訪れた。昔ばなしの「うばすて山」は、このような古い説話から、知恵ある老人が国を救う難題話などへと広がっていった。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:巻三十第九 — 妻に責められ伯母を山に捨てた男が、月を見て悔い、連れ戻す。 ※この話は細部に記憶違いを含むおそれがあります。引用・公開の際は原典と照合してください。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E6%98%94%E7%89%A9%E8%AA%9E%E9%9B%86