『平家物語』 巻十一「先帝身投」「能登殿最期」 舞台:壇ノ浦(山口県) 成立:13世紀 作者:作者未詳(信濃前司行長説) ―――――――――――――――――――――――― 【現代語訳(抄訳)】 元暦二年(一一八五年)三月二十四日、長門の国の壇ノ浦で、源平最後の決戦が行われた。初めは潮の流れに乗った平家が優勢であったが、潮の流れが変わると、源氏が攻勢に転じた。平家の兵船は次々と攻め落とされていった。 平知盛は、帝の御座船に参り、「もはやこれまでです。見苦しい物はみな海へお捨てください」と言って、自ら船の中を掃き清めた。女房たちが「中納言殿、戦はどうなっているのですか」と尋ねると、知盛は「珍しい東男をご覧になることでしょう」と、からからと笑った。 清盛の妻、二位の尼(平時子)は、覚悟を決めて、喪服の鈍色の衣を頭からかぶり、練絹の袴の裾を高く挟み、神璽を脇に抱え、宝剣を腰に差して、幼い安徳天皇を抱き上げた。帝は八歳であったが、年よりも大人びて、髪は背中の下まで垂れていた。 帝は驚いた様子で、「尼ぜ、私をどこへ連れて行こうとするのか」とおっしゃる。二位の尼は涙をこらえて、「君はまだご存じないのですか。前世の善行によって帝としてお生まれになりましたが、悪縁に引かれて、ご運はもう尽きてしまわれました。まず東を向いて伊勢大神宮にお別れを申し上げ、それから西を向いて、西方浄土の仏のお迎えにあずかろうとお思いになって、お念仏をお唱えなさいませ。この国は辛いことの多い所ですので、極楽浄土という結構な所へお連れ申し上げるのです」と泣く泣く申し上げた。 帝は、小さな手を合わせて、東を伏し拝み、伊勢大神宮にお別れを申し上げ、それから西を向いて念仏を唱えられた。二位の尼は帝を抱き申し上げて、「波の下にも都がございます」とお慰めして、千尋の海の底へと沈んでいった。 知盛は、「見るべきほどのことは見つ」と言って、鎧を二領着て、乳母子と手を取り合って海に入った。こうして、栄華を誇った平家一門は、壇ノ浦の波の下に滅び去った。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:平家滅亡。二位尼が幼い安徳天皇を抱き「波の下にも都の候ふぞ」と入水。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%AE%B6%E7%89%A9%E8%AA%9E