『徒然草』 第五十二段「仁和寺にある法師」/第五十三段「これも仁和寺の法師」 舞台:仁和寺(京都府) 成立:1330年頃 作者:兼好法師(吉田兼好) ―――――――――――――――――――――――― 【原文】 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。 【現代語訳(抄訳)】 仁和寺にいたある法師が、年を取るまで石清水八幡宮を参拝したことがなかったので、情けなく思って、あるとき思い立って、ただ一人、徒歩で参詣した。ふもとにある極楽寺や高良神社などを拝んで、これだけだと思い込んで帰ってしまった。 そして、仲間の法師に向かって、「長年思っていたことを、ついに果たしました。聞いていた以上に、尊くいらっしゃいました。それにしても、参詣した人がみな山へ登っていったのは、何事があったのでしょうか。行ってみたかったけれど、神へお参りするのが本来の目的なのだと思って、山の上までは見ませんでした」と言ったということだ。 ちょっとしたことにも、案内者はあってほしいものである。 * これも仁和寺の法師の話である。稚児が法師になる名残を惜しんで、それぞれが芸などをしたとき、ある法師が酒に酔って興に乗りすぎて、そばにあった足鼎(三本足の鉄の釜)を取って頭にかぶったところ、つかえるようにして押し込み、鼻を押しつぶして顔を差し入れて舞い出たので、一座の者はみな大喜びした。 しばらく舞った後、抜こうとしたが、まったく抜けない。酒宴も興ざめして、どうしたらよいかと困り果てた。あれこれしているうちに、首のまわりが傷ついて血が流れ、ひどく腫れ上がって、息もつまってきたので、打ち割ろうとしたが、たやすく割れず、響いてがまんできない。医師のもとへ連れて行ったが、「このようなことは、医書にも見えず、伝える教えもない」と言う。 しかたなく、「たとえ耳や鼻がちぎれてなくなっても、命さえ助かればよい。ただ力いっぱい引っ張れ」と言って、わらしべを周りに差し込んで、首もちぎれるほど引っ張ったところ、耳と鼻が欠けて穴があいたものの、抜けた。危うい命を拾って、長い間病んでいたということだ。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:石清水を拝みに行き麓だけ見て帰る法師、鼎をかぶって抜けなくなる法師(第52・53段)。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%92%E7%84%B6%E8%8D%89