『農業全書』 巻之一「農事総論」(要旨・抄訳) 舞台:女原村(筑前)(福岡県) 成立:1697年 作者:宮崎安貞(貝原楽軒 補、貝原益軒 序) ―――――――――――――――――――――――― 【現代語訳(抄訳)】※要確認 宮崎安貞は、もとは安芸の国広島の武士の家に生まれ、筑前福岡の黒田家に仕えた。しかし、三十歳のころに役目を辞して、筑前の女原村に移り住み、自ら鍬を取って田畑を耕した。それから四十年近く、村人とともに土にまみれ、作物を育て、工夫を重ねた。その経験を集大成したのが『農業全書』である。 巻之一「農事総論」で、安貞はまず農業の心構えを説く。その要旨は次のとおりである。 農業は、国の根本である。人が生きていくための食べ物も着る物も、すべて田畑から生まれる。だから、農業に励むことは、天下の人々を養う尊い仕事である。 農業で大切なのは、まず「時」を知ることである。種をまく時、苗を植える時、刈り取る時を一日でも誤れば、実りは大きく変わる。天の時をよく見きわめなければならない。 次に大切なのは、「地」を知ることである。土には、肥えた土、やせた土、湿った土、乾いた土があり、それぞれに合った作物がある。土の性質を見きわめて、ふさわしい作物を植えなければならない。 そして最も大切なのは、「人」の力である。どれほどよい土地でも、手入れを怠れば荒れ果てる。深く耕し、よく肥やしを施し、草を取り、水を加減する。農民の勤勉こそが、豊かな実りを生むのである。 安貞は、こうした心得に続けて、土の耕し方、肥料の作り方と施し方、種の選び方、水の引き方などを、具体的に記していく。机の上の学問ではなく、自らの手で確かめたことを書いたところに、この書の値打ちがある。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:安貞が福岡藩を辞して移り住み、自ら鍬を取って農事を試した村。 ※この話は細部に記憶違いを含むおそれがあります。引用・公開の際は原典と照合してください。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E5%85%A8%E6%9B%B8