『おくのほそ道』 「最上川」 舞台:最上川(山形県) 成立:1702年刊(1689年の旅) 作者:松尾芭蕉 ―――――――――――――――――――――――― 【原文】 五月雨をあつめて早し最上川 【現代語訳(抄訳)】 最上川を舟で下ろうと、大石田という所で天気のよくなるのを待つ。この地には、昔、俳諧の種がこぼれて広まり、忘れられない昔の花を慕って、芦笛を吹くような素朴な心をなごませ、この道(俳諧)に迷い、新古の二つの道の間で踏み迷っているが、道しるべをする人もいないので、やむを得ず、一巻の歌仙を残した。今回の風流の旅は、ついにこのような所にまで及んだ。 最上川は、陸奥から流れ出して、山形を上流とする。碁点、隼などという恐ろしい難所がある。板敷山の北を流れて、最後は酒田の海に注いでいる。左右は山が覆いかぶさり、茂みの中を舟で下る。これに稲を積んだものを稲舟と言うのであろうか。白糸の滝は、青葉の茂みの間に落ちて、仙人堂は岸に臨んで立っている。水がみなぎって、舟は危うい。 「五月雨をあつめて早し最上川」(降り続く五月雨を集めて、最上川は水かさを増し、たいそう速く流れている) * この句は、はじめ大石田の船宿で開かれた句会で、「五月雨をあつめて涼し最上川」として詠まれた。大石田の人々へのあいさつとして、川風の涼しさを詠んだのである。しかし、実際に舟に乗って最上川を下り、増水した急流の激しさを身をもって体験した芭蕉は、「涼し」を「早し」と改めた。わずか一字の違いで、穏やかなあいさつの句が、自然の力強さを描く雄大な句へと生まれ変わった。 最上川は、山形県を南から北へ貫いて日本海に注ぐ、全長約二百三十キロの大河で、富士川、球磨川とともに日本三大急流の一つに数えられる。今も、戸沢村の古口から草薙まで、芭蕉が下った区間を「最上川舟下り」で楽しむことができる。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:「五月雨をあつめて早し最上川」。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%BB%E3%81%9D%E9%81%93