『おくのほそ道』 「敦賀」 舞台:敦賀・気比神宮(福井県) 成立:1702年刊(1689年の旅) 作者:松尾芭蕉 ―――――――――――――――――――――――― 【原文】 月清し遊行の持てる砂の上 【現代語訳(抄訳)】 だんだん白根が岳(白山)が見えなくなって、比那が岳が現れる。あさむづの橋を渡って、玉江の蘆は穂が出ていた。鶯の関を過ぎて、湯尾峠を越えると、燧が城、かへる山に初雁を聞いて、十四日の夕暮れ、敦賀の港に宿をとった。 その夜、月がことに晴れていた。「明日の夜もこのようであるだろうか」と言うと、宿の主人は「越路の習いで、やはり明日の夜の天気は分かりません」と言って、酒を勧められるので、気比の明神に夜参りした。仲哀天皇の御廟である。社殿の辺りは神々しくさびて、松の木の間から月の光が漏れ入り、神前の白砂は霜を敷いたようである。 宿の主人が語るには、「昔、遊行二世の上人(他阿真教)が、大きな願いを思い立たれ、自ら草を刈り、土石を担い、ぬかるみを乾かされたので、参詣の往来に苦労がなくなりました。古い例は今も絶えず、代々の遊行上人が神前に真砂を運ばれます。これを遊行の砂持ちと申します」とのことである。 「月清し遊行の持てる砂の上」(遊行上人が代々運んできたという白い砂の上に、月の光が清らかに照っている) 十五日、宿の主人の言葉どおり、雨が降った。 「名月や北国日和定めなき」(今夜は仲秋の名月だというのに、北国の天気は変わりやすく、雨になってしまった) * 十六日、空が晴れたので、ますほの小貝を拾おうと、種の浜に舟を走らせる。海上七里ある。浜は、わずかな漁師の小屋と、みすぼらしい法華寺があるばかりである。ここで茶を飲み、酒をあたためて、夕暮れのもの寂しさは、心に深くしみた。 「寂しさや須磨に勝ちたる浜の秋」(この種の浜の秋の寂しさは、『源氏物語』で名高い須磨の秋の寂しさにも勝っている) ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:「月清し遊行のもてる砂の上」。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%BB%E3%81%9D%E9%81%93