『雨月物語』 巻之一「菊花の約」(後半) 舞台:富田城(出雲)(島根県) 成立:1776年 作者:上田秋成 ―――――――――――――――――――――――― 【原文】 人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆく。 【現代語訳(抄訳)】 左門は喜んで、宗右衛門を家に招き入れ、酒と肴を勧めた。しかし、宗右衛門は、袖で顔を覆って、それを避けるようにして、ただ黙っている。やがて、宗右衛門は、重い口を開いて語り始めた。 「私が出雲の国に帰ってみると、国の人々はみな、新しい城主である尼子経久の威勢に従っていた。私のいとこの赤穴丹治が、富田城で経久に仕えていたので、訪ねていったところ、丹治は私を経久に引き合わせた。経久は、私を家臣にしようとしたが、私は、経久が勇猛ではあっても、智謀に欠け、疑い深く、家臣を信じない人物だと見抜いたので、仕えるつもりはなかった。 経久は、私が心を許さないのを怪しんで、丹治に命じて、私を城の中に閉じ込めてしまった。今日、九月九日、あなたとの約束の日を迎えたが、どうしても城を出ることができない。 古人の言葉に、『人は一日に千里を行くことはできないが、魂は一日に千里をも行くことができる』とある。私は、この言葉を思い出して、自ら刃に伏して命を絶ち、今夜、魂となって、陰風に乗ってはるばるやって来たのだ。この心を哀れんでくれ」 そう言い終わると、宗右衛門の姿はかき消えてしまった。左門は、声を上げて泣き伏した。 左門は、老母に別れを告げて、出雲の国へと旅立った。富田城下にたどり着くと、赤穴丹治の屋敷を訪ね、「あなたは、いとこの宗右衛門を裏切った。武士の信義を忘れた者だ」と言うや否や、刀を抜いて丹治を斬り殺し、そのまま姿をくらました。 これを聞いた尼子経久は、兄弟の信義の厚さに感じ入り、左門の後を追わせなかったという。ああ、軽薄な人と交わりを結んではならない。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:「菊花の約」— 幽閉された赤穴宗右衛門は自刃し、魂となって約束を果たす。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A8%E6%9C%88%E7%89%A9%E8%AA%9E