『雨月物語』 巻之二「浅茅が宿」 舞台:真間(下総)(千葉県) 成立:1776年 作者:上田秋成 ―――――――――――――――――――――――― 【原文】 さりともと思ふ心にはかられて世にもけふまでいける命か 【現代語訳(抄訳)】 下総の国葛飾郡真間の郷に、勝四郎という男がいた。祖父の代から豊かな家であったが、勝四郎は、農業を嫌い、家は次第に貧しくなっていった。勝四郎は、家を再興しようと、足利の染め物を仕入れて京へ売りに行くことにした。 勝四郎の妻、宮木は、たいそう美しく、心の優しい女であった。宮木は、夫を引き留めたが、勝四郎は、「秋には必ず帰ってくる」と約束して、京へと旅立っていった。 ところが、その年、関東で享徳の乱が起こり、真間の郷も戦乱に巻き込まれた。人々は、家を捨てて逃げていったが、宮木は、夫との約束を信じて、ひとり家に残り、夫の帰りを待ち続けた。 一方、京で商売を終えた勝四郎は、帰りの道中で山賊に襲われて、財産をすべて奪われてしまった。さらに、関東は戦乱で、関所が閉ざされていると聞き、「妻も、もう生きてはいまい」と思い込んで、近江の知人の家に身を寄せ、そのまま七年の歳月が流れた。 七年目の夏、勝四郎は、ようやく故郷の真間に帰ってきた。郷は荒れ果て、かつての家々は跡形もない。ところが、自分の家だけは、昔のままに残っていて、灯火がともっている。戸を叩くと、中から、やつれ果てた宮木が出てきた。二人は、再会を喜び合い、宮木は、夫を待ち続けた七年間の苦しみを語った。その夜、二人は枕を並べて眠った。 明け方、勝四郎が目を覚ますと、屋根は落ち、壁は崩れ、あたりは浅茅(丈の低い茅)が生い茂る廃屋であった。妻の姿はどこにもない。寝室の跡には、土を盛った塚があり、木の端に、妻の筆跡で歌が書きつけてあった。 「さりともと思ふ心にはかられて世にもけふまでいける命か」(それでもいつかは帰ってくると思う心にだまされて、よくも今日まで生きながらえてきた命であることよ) 勝四郎は、妻がすでに亡くなっていたことを知った。昨夜の妻は、亡霊となって、夫を待ち続けていたのであった。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:「浅茅が宿」— 7年ぶりに帰郷した勝四郎を、亡き妻宮木の霊が迎える。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A8%E6%9C%88%E7%89%A9%E8%AA%9E