『東海道中膝栗毛』 二編・三編(丸子のとろろ汁) 舞台:丸子(とろろ汁)(静岡県) 成立:1802〜1814年 作者:十返舎一九 ―――――――――――――――――――――――― 【現代語訳(抄訳)】※要確認 箱根を越えた弥次さん喜多八は、三島、沼津、原、吉原と、富士山を眺めながら旅を続けた。弥次さんの故郷である府中(今の静岡市)を過ぎると、次の宿場が丸子(鞠子)である。 丸子の宿は、名物のとろろ汁で知られていた。自然薯をすりおろして、味噌汁でのばしたとろろ汁を、麦飯にかけて食べるのである。芭蕉も、「梅若菜丸子の宿のとろろ汁」と詠んでいる。 二人は、腹を空かせて、とろろ汁の店に入った。ところが、店の中では、ちょうど夫婦げんかの真っ最中であった。亭主が、とろろ汁を作るためにすり鉢で芋をすっていると、女房が、子どもを背負ったまま、何かと口を出す。亭主が腹を立てて、「このあま、何をぬかす」と、すりこぎを振り上げると、女房も負けじと、「なんだと、この宿六」と応戦する。 夫婦は、取っ組み合いのけんかを始め、すり鉢はひっくり返り、とろろ汁は床一面にぶちまけられてしまった。亭主は、とろろに足を滑らせてすってんころりん、止めに入った隣の女房も、とろろにまみれて転んでしまう。 弥次さんと喜多八は、あっけにとられて、とろろ汁を食べることもできずに、店を出た。弥次さんは、一首詠んだ。 「けんかする夫婦は口をとがらして鳶とろろにすべりこそすれ」 丸子の宿には、慶長元年(一五九六年)創業と伝えられる、とろろ汁の老舗「丁子屋」が今も営業を続けていて、歌川広重の『東海道五十三次』にも、その店先が描かれている。茅葺きの店の前には、弥次さん喜多さんの像も立っている。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:名物とろろ汁の店で夫婦喧嘩に巻き込まれ、食べ損ねる。 ※この話は細部に記憶違いを含むおそれがあります。引用・公開の際は原典と照合してください。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%B5%B7%E9%81%93%E4%B8%AD%E8%86%9D%E6%A0%97%E6%AF%9B