『南総里見八犬伝』 第二輯〜第三輯(行徳・古那屋) 舞台:行徳(千葉県) 成立:1814〜1842年 作者:曲亭馬琴 ―――――――――――――――――――――――― 【現代語訳(抄訳)】※要確認 下総の国の行徳は、江戸湾に面した塩田の町で、江戸へ塩を運ぶ船が行き交う、にぎやかな港町であった。 この行徳の宿に、古那屋という旅籠があった。主人の文五兵衛には、犬田小文吾という息子がいた。小文吾は、身の丈が高く、力が強く、相撲の名人であったが、心は優しく、親孝行で、兄弟思いの若者であった。小文吾は、「悌」の玉を持っていた。 ある日、利根川を流れてきた小舟が、行徳の浜に打ち上げられた。小舟の中には、二人の若者が、気を失って倒れていた。犬塚信乃と、犬飼現八であった。 二人は、古河の芳流閣の屋根の上で、壮絶な戦いを繰り広げた末に、もつれ合ったまま利根川に転落し、流れに流されてきたのである。小文吾は、二人を古那屋に運び込み、手厚く介抱した。 意識を取り戻した信乃と現八は、小文吾と語り合ううちに、三人がそれぞれ、文字の浮かぶ玉を持ち、体に牡丹のあざがあることを知った。三人は、自分たちが、同じ宿縁で結ばれた「犬士」であることを悟ったのである。 しかし、古那屋にも、信乃を追う追っ手の手が迫っていた。さらに、小文吾の妹、ぬいの夫である山林房八が、ある事情から信乃を捕らえようとする。房八は、実は信乃の身代わりになって死ぬ覚悟で、わざと小文吾に斬られた。そして、房八とぬいの幼い息子、大八が、房八の血を受けて、その手に握っていた「仁」の玉を示した。大八こそ、のちの犬江親兵衛であった。 行徳の古那屋での出会いは、八犬士たちが結集していく、大きな転機となった。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:犬田小文吾の故郷。古那屋での出会い。 ※この話は細部に記憶違いを含むおそれがあります。引用・公開の際は原典と照合してください。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E7%B7%8F%E9%87%8C%E8%A6%8B%E5%85%AB%E7%8A%AC%E4%BC%9D