『諸国温泉功能鑑』 別府(『豊後国風土記』速見郡) 舞台:別府(大分県) 成立:江戸後期(19世紀前半) 作者:作者未詳(温泉番付) ―――――――――――――――――――――――― 【現代語訳(抄訳)】※要確認 番付の前頭の段には、豊後(大分県)の湯も名を連ねている。豊後の湯のことは、奈良時代にまとめられた『豊後国風土記』に、すでに記されている。速見郡(今の別府市のあたり)の記事には、次のような湯が見える。 赤湯泉。この湯の穴は、郡の西北の竈門山にある。その周りは十五丈(約四十五メートル)あまりある。湯の色は赤く、泥が混じっている。この泥を使って、家の柱を塗ることができる。泥が流れて外に出ると、色が変わって清らかな水となり、東の方へと流れていく。それで、この湯を「赤湯泉」という。 玖倍理湯の井。この湯の井は、郡の西の河直山の東の岸にある。人が井のそばで大きな声を出すと、湯は驚き鳴って、二丈(約六メートル)ほども湧き上がる。その湯気は熱くて、近づくことができない。周りの草木は、みな枯れてしまっている。それで「慍湯の井(いかりゆのい)」という。土地の人は、これを「玖倍理湯の井」と呼んでいる。 赤い泥の湯や、声に驚いて噴き上がる湯は、今の別府の「地獄」を思わせる。千三百年前の人々も、別府の湯の不思議な姿に目を見張っていたのである。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:『豊後国風土記』に「赤湯泉」の名で記された湯。番付では前頭に豊後の湯が並ぶ(版により異なる)。 ※この話は細部に記憶違いを含むおそれがあります。引用・公開の際は原典と照合してください。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B8%E5%9B%BD%E6%B8%A9%E6%B3%89%E5%8A%9F%E8%83%BD%E9%91%91