『遠野物語』 二 舞台:早池峰山(岩手県) 成立:1910年 作者:柳田國男(語り手 佐々木喜善) ―――――――――――――――――――――――― 【原文】 遠野の町は南北の川の落合にあり。以前は七七十里とて、七つの渓谷おのおの七十里の奥より売買の貨物を聚め、その市の日は馬千匹、人千人の賑わしさなりき。四方の山々の中に最も秀でたるを早池峯という、北の方附馬牛の奥にあり。東の方には六角牛山立てり。石神という山は附馬牛と達曾部との間にありて、その高さ前の二つよりも劣れり。大昔に女神あり、三人の娘を伴ないてこの高原に来たり、今の来内村の伊豆権現の社あるところに宿りし夜、今夜よき夢を見たらん娘によき山を与うべしと母の神の語りて寝たりしに、夜深く天より霊華降りて姉の姫の胸の上に止りしを、末の姫眼覚めて窃にこれを取り、わが胸の上に載せたりしかば、ついに最も美しき早池峯の山を得、姉たちは六角牛と石神とを得たり。若き三人の女神おのおの三の山に住し今もこれを領したもう故に、遠野の女どもはその妬を畏れて今もこの山には遊ばずといえり。 ○この一里は小道すなわち坂東道なり、一里が五丁または六丁なり。 ○タッソベもアイヌ語なるべし。岩手郡玉山村にも同じ大字あり。 ○上郷村大字来内、ライナイもアイヌ語にてライは死のことナイは沢なり、水の静かなるよりの名か。 【現代語訳(抄訳)】 遠野の町は、南と北から来る川が合わさるところにある。昔は「七七十里(しちしちじゅうり)」といって、七つの谷の七十里奥から荷が集まり、市の日には馬千頭、人千人でにぎわった。 まわりの山々でいちばん高く美しいのが早池峰山で、北の附馬牛の奥にある。東には六角牛山がそびえる。石神山は附馬牛と達曾部のあいだにあり、前の二つよりは低い。 大昔、ひとりの女神が三人の娘を連れて、この高原にやって来た。 いまの来内村、伊豆権現の社のあたりに泊まった夜、母の神は言った。 「今夜いちばんよい夢を見た娘に、いちばんよい山をあげましょう」 夜ふけ、天から不思議な花が降ってきて、長女の胸の上にとまった。ところが末の娘が目を覚まし、そっとその花を取って、自分の胸にのせてしまった。 こうして末娘はいちばん美しい早池峰を、姉たちは六角牛と石神を手に入れた。三人の女神は、いまもそれぞれの山に住んで、山を治めている。 だから遠野の女たちは、女神にねたまれるのを恐れて、いまでもこれらの山には遊びに行かないという。 *ここでいう「里」は、一里が五、六町(六百メートルほど)の小さな里である。 *達曾部(タッソベ)もアイヌ語だろう。 *来内(ライナイ)もアイヌ語で、ライは死、ナイは沢。水が静かなことからついた名か。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:二 — 三人の娘神が山を分けあう。末の姫が最も美しい早池峰を得た。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A0%E9%87%8E%E7%89%A9%E8%AA%9E