『遠野物語』 一一一 舞台:デンデラ野(蓮台野)(岩手県) 成立:1910年 作者:柳田國男(語り手 佐々木喜善) ―――――――――――――――――――――――― 【原文】 山口、飯豊、附馬牛の字荒川東禅寺および火渡、青笹の字中沢ならびに土淵村の字土淵に、ともにダンノハナという地名あり。その近傍にこれと相対して必ず蓮台野という地あり。昔は六十を超えたる老人はすべてこの蓮台野へ追い遣るの習ありき。老人はいたずらに死んで了うこともならぬ故に、日中は里へ下り農作して口を糊したり。そのために今も山口土淵辺にては朝に野らに出づるをハカダチといい、夕方野らより帰ることをハカアガリというといえり。 ○ダンノハナは壇の塙なるべし。すなわち丘の上にて塚を築きたる場所ならん。境の神を祭るための塚なりと信ず。蓮台野もこの類なるべきこと『石神問答』中にいえり。 【現代語訳(抄訳)】 山口、飯豊、附馬牛の荒川東禅寺と火渡(ひわたり)、青笹の中沢、そして土淵村の土淵――これらの土地には、どこも「ダンノハナ」という地名がある。そしてその近くには、必ずそれと向かい合うように「蓮台野(れんだいの)」という土地がある。 昔は、六十を過ぎた老人は、みなこの蓮台野へ追いやられるならわしがあった。けれども老人たちは、ただ死を待つわけにもいかないので、昼間は里へ下りて畑仕事をし、食いつないでいた。 そのため今でも山口や土淵のあたりでは、朝、野良仕事に出ることを「ハカダチ(墓立ち)」、夕方、野良から帰ることを「ハカアガリ(墓上がり)」というそうだ。 *ダンノハナは「壇の塙(はなわ)」、つまり丘の上に塚を築いた場所だろう。境の神を祀る塚だと私は考えている。蓮台野も同じたぐいであることは『石神問答』で述べた。 ※蓮台野は、いまは「デンデラ野」の名で知られる。 ―――――――――――――――――――――――― 地点メモ:一一一 — 60を過ぎた老人が追いやられた野。昼は里に下りて田畑を手伝った。 出典作品:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A0%E9%87%8E%E7%89%A9%E8%AA%9E