日本書紀
舎人親王ら 720年
概要
720年に舎人親王らが完成させた全30巻(ほかに系図1巻、現存しない)の正史。神代から持統天皇まで。漢文の編年体で、年月日を立てて出来事を記す。神代の巻では本文のあとに「一書に曰く」として異なる伝えを並べるのが特徴。六国史の最初で、のちの正史編纂の手本となった。
時代背景
663年の白村江の敗戦のあと、唐と新羅を意識した倭は律令国家の体制を急いで整え、「日本」の国号や「天皇」の称号を用いるようになった。中国にならって正史を持つことは国家の体裁の一つであり、『書紀』は東アジアに向けて国の来歴を示す書でもあった。中国の史書の文章を借りた箇所や、百済の記録を引く箇所もある。奈良・平安時代には宮中で繰り返し講読された。
読みどころ
- 乙巳の変645年、飛鳥板蓋宮で蘇我入鹿が斬られる。上表文を読む手が震え、汗が流れる場面まで書かれた、正史とは思えない緊迫感。「飛鳥板蓋宮」を読む →
- 白村江のあと敗戦ののち、大宰府の前に水城を築き、各地に山城を置き、都を近江へ移す。外の脅威にさらされた古代国家の姿が見える。「大宰府・水城」を読む →
- 壬申の乱吉野に退いた大海人皇子が挙兵し、不破の道を押さえて近江朝廷に勝つまで。天武天皇の正統性を語る、書紀の山場。「不破関」を読む →
- 『古事記』と読み比べる同じ神話や事件でも、語り口や異伝の扱いが違う。並べて読むと、二つの書の性格の違いがはっきりする。