万葉集
大伴家持ら(編) 759年以後
概要
全20巻、約4500首。7世紀前半から759年正月の大伴家持の歌まで、およそ130年の歌を収める。長歌・短歌・旋頭歌などがあり、内容は雑歌・相聞(恋の歌)・挽歌(死を悼む歌)に大別される。作者は天皇・皇族・官人から、東国の人々の東歌や防人の歌まで幅広い。漢字の音と訓で日本語を書き表す「万葉仮名」で記され、最終的なまとめには大伴家持が深く関わったと考えられている。
時代背景
飛鳥・藤原京から平城京へ、律令国家が形づくられていく時代。宮廷では柿本人麻呂らが行幸や皇子の死を歌い、歌は国家の儀礼と結びついていた。地方に赴任する官人が増え、筑紫の大宰府や越中の国府でも歌の宴が開かれた。東国から九州の守りに送られた防人の歌は、律令制の重い負担を負った人々の声を伝えている。
読みどころ
- 額田王と大海人皇子蒲生野の薬猟で交わされた「あかねさす紫野行き標野行き」と「紫のにほへる妹を」。宴の座興とも、秘めた恋とも読める。「蒲生野」を読む →
- 熟田津の船出「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」。百済救援に向かう船団の出航を告げる、力強い一首。「熟田津」を読む →
- 大宰府の梅花の宴大伴旅人の邸での宴に添えられた序文が、元号「令和」の典拠。都を遠く離れた官人たちの風雅。「梅花の歌三十二首」を読む →
- 東国の伝説歌高橋虫麻呂が詠んだ真間の手児奈の伝説や、筑波山の嬥歌。地方の伝承が歌の形で残っている。「真間」を読む →