天神森の段(道行)

下之巻「天神森の段(道行)」
原文
この世の名残、夜も名残。死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。一足づつに消えて行く。夢の夢こそあはれなれ。

この世の名残、夜も名残。死にに行く我が身をたとえるならば、墓場へ向かう道に置く霜のようなもの。一足ごとに消えていく。夢の中の夢のように、はかなく哀れなことよ。

あれ、数えてみると、暁の七つの鐘が六つ鳴って、残る一つが、この世で聞く最後の鐘の響き。寂滅為楽と響くのだ。鐘ばかりか、草も木も空も、これが見納め。雲の心も無情に、水に映る星の影も、北斗は冴えて、影を映す星の妹背の天の川。梅田の橋を、牽牛と織女の渡るかささぎの橋と約束して、いつまでも我とそなたは夫婦星。

二人は、曾根崎の天神の森にたどり着いた。「どの木に死のうか」と見渡すと、一本の根から、松と棕櫚とが連なって生えている木があった。「連理の木(二本の木の枝がつながったもの)だ。ここで死のう」。

お初は、「私の兄弟は、父と母に、ただこのことだけを伝えて」と、しばし泣いた。徳兵衛も、「幼いときに実の父母に別れ、叔父である主人に養われた恩を、報いることもできずに死ぬのは申し訳ない」と泣いた。

二人は、お初の帯で、互いの体を一つに結び合わせた。徳兵衛は、脇差を抜いて、「さあ、時が過ぎる。南無阿弥陀仏」と、お初の喉に刀を当てたが、長年愛してきた人の肌に、刀を刺すことができない。目もくらみ、手も震える。お初は、「早く、早く」と励ました。徳兵衛は、ようやく刀を突き刺し、自らも剃刀で喉をかき切って、お初の後を追った。

誰が告げるともなく、曾根崎の森の下風に音が伝わり、この話は、人々の口から口へと広まって、貴賤群衆の回向を受け、二人が未来において成仏することは疑いない。まさに、恋の手本となったのである。

*

元禄十六年(一七〇三年)四月七日、実際に起きた心中事件を、近松門左衛門は、わずか一か月で人形浄瑠璃に仕立て、竹本座で上演した。大評判となり、竹本座の借金をすべて返済したという。事件の舞台となった露天神社は、今も「お初天神」と呼ばれ、恋愛成就を願う人々が訪れている。

露天神社(お初天神) 「この世の名残、夜も名残」の道行の末、曾根崎の森で心中する。
← 前天満屋の段