高家討入りの段

十一段目「高家討入りの段」

十二月十四日の夜、雪の降り積もる中、大星由良助をはじめとする四十七人の浪士たちは、揃いの火事装束に身を包み、高師直の屋敷へと向かった。

由良助は、表門と裏門の二手に兵を分け、合図の太鼓を打ち鳴らした。「一打ち二打ち三流れ」という、山鹿流の陣太鼓である。浪士たちは、梯子をかけて塀を乗り越え、門を打ち破って、屋敷の中へとなだれ込んだ。

師直方の侍たちは、不意を突かれて慌てふためいたが、やがて態勢を立て直して、激しく斬り結んだ。浪士たちは、屋敷の中を探し回ったが、どこにも師直の姿はない。寝所の布団に手を入れてみると、まだ温かい。遠くへは逃げていないはずである。

夜明け近く、浪士の一人が、台所の裏の炭小屋の中に、人の気配を感じた。中から引きずり出してみると、白い小袖を着た老人であった。額には、かつて塩冶判官に斬りつけられた傷跡が残っている。まさしく師直であった。

由良助は、師直の前に進み出て、礼儀正しく名乗りを上げた。「我ら、塩冶判官の家臣でござる。主君の仇を討つために参上いたしました。お覚悟なされよ」。そして、判官が切腹に用いた、あの形見の短刀で、師直の首を討ち取った。

浪士たちは、勝ち鬨の声を上げた。由良助は、判官の位牌を取り出して、師直の首を供え、焼香した。「殿、ご本懐を遂げました」。浪士たちは、主君の菩提寺へと向かって、雪の中を引き揚げていった。

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史実では、元禄十五年(一七〇二年)十二月十四日深夜(翌十五日未明)、大石内蔵助率いる赤穂浪士四十七人が、本所松坂町の吉良邸に討ち入り、吉良上野介を討ち取った。浪士たちは、首を掲げて、高輪の泉岳寺にある主君の墓前まで行進した。本所松坂町公園として残る吉良邸跡には、吉良の首を洗ったと伝えられる「首洗い井戸」がある。

本所・吉良邸跡 十一段目。雪の夜の討ち入り。
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