吉備津の釜

巻之三「吉備津の釜」

吉備の国賀夜郡庭妹の郷に、井沢庄太夫という豊かな農家があった。その一人息子の正太郎は、酒と女に溺れて、家業を顧みなかった。父は、嫁を迎えれば身持ちもよくなるだろうと考えて、吉備津神社の神主、香央造酒の娘、磯良との縁談を進めた。

香央は、この縁談の吉凶を占うために、吉備津神社に伝わる「御釜祓」を行った。釜で湯を沸かし、その釜が鳴る音で吉凶を占うのである。牛が吠えるように鳴れば吉、音がしなければ凶とされる。ところが、釜はまったく鳴らなかった。

香央の妻は、「娘はもう、この縁談を心待ちにしている。神のお告げなど気にすることはない」と言い、縁談は進められた。

磯良は、朝早く起き、夜遅く寝て、夫と義父母に心から仕えた。しかし、正太郎の浮気心は治らず、鞆の津の遊女、袖と深い仲になり、ついには、磯良をだまして金を持ち出させ、袖と駆け落ちしてしまった。

裏切られた磯良は、悲しみと恨みのあまり、重い病に伏してしまった。

一方、正太郎と袖は、播磨の国の荒井の里にたどり着いて暮らし始めたが、まもなく、袖が物の怪に取り憑かれたようになって、七日後に死んでしまった。

悲しみに暮れる正太郎の前に、ある美しい女が現れ、「私の主人の奥様も、夫を亡くされて悲しんでいらっしゃいます」と言って、正太郎をある家へと案内した。屏風の陰から現れたその奥方の顔は、やつれ果てた磯良であった。磯良の恨みの霊が、袖を取り殺し、正太郎をも取り殺そうとしていたのである。

陰陽師は、「四十二日の間、物忌みをして、家に閉じこもりなさい」と言って、家中の戸にお札を貼った。毎晩、磯良の霊が訪れ、「ああ、憎い。ここにもお札が」と叫んだ。四十二日目の夜が明けたと思った正太郎が戸を開けると、外はまだ暗く、隣の男が駆けつけると、軒の端に正太郎の髻だけがぶら下がっていた。正太郎の姿は、どこにもなかったという。

吉備津神社 「吉備津の釜」— 釜鳴りの凶兆に背いた結婚。裏切られた妻磯良の凄絶な復讐。
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