日本橋

発端・初編(日本橋出立)

神田の八丁堀に住む栃面屋弥次郎兵衛(弥次さん)は、もとは駿河の国府中の商人の息子であったが、酒と遊びに身を持ち崩して、財産を使い果たし、居候の喜多八(北さん)を連れて、江戸へ逃げてきた。

江戸での暮らしも、うまくいかない。弥次さんは、妻に死なれ、喜多八は、奉公先の店をしくじってしまった。二人は、「いっそのこと、厄落としに、お伊勢参りにでも出かけよう。ついでに京や大坂も見物してこよう」と思い立った。

二人は、借金をかき集めて旅支度を整え、ある春の朝、江戸の日本橋を出立した。弥次さんは、五十歳ほど、喜多八は、三十歳ほど。どちらも、お調子者で、女好きで、おっちょこちょいで、いたずら好きである。

日本橋は、五街道の起点であり、東海道五十三次の出発点である。橋の上には、朝早くから、旅人や商人、見送りの人々が行き交い、たいそうなにぎわいである。「お江戸日本橋七つ立ち」と歌われたように、東海道を西へ旅する人々は、夜明け前の七つ(午前四時ごろ)に出発するのが常であった。

二人は、見送りの友人たちと、品川の宿で別れの盃を交わし、いよいよ東海道を西へと歩き出した。

「膝栗毛」とは、自分の膝を栗毛の馬の代わりにする、つまり、歩いて旅をするという意味である。十返舎一九が、享和二年(一八〇二年)に初編を出版すると、たちまち大評判となり、続編が次々と書き継がれて、二十一年にわたる大長編となった。江戸の庶民の間には、空前の旅行ブームが巻き起こり、多くの人が、弥次さん喜多さんのように、東海道を旅するようになったという。

日本橋 東海道の起点。二人は借金と厄を払うべく旅立つ。