犬飼現八は、行徳で信乃や小文吾と別れた後、ほかの犬士たちを探して、諸国を旅していた。ある日、現八は、下野の国の足尾の庚申山のふもとに差しかかった。
庚申山は、奇岩怪石がそびえ立つ険しい山で、昔から、恐ろしい化け物が住むと言われていた。日が暮れて、山の中で道に迷った現八は、岩屋の中で一夜を過ごすことにした。
夜が更けると、どこからともなく、奇妙な行列がやって来た。先頭に立つのは、身の丈が一丈(約三メートル)もある、恐ろしい化け猫であった。化け猫は、人の衣装を着て、刀を差し、馬に乗っている。そのあとに、たくさんの猫の化け物たちが続いていた。
現八は、とっさに弓を取り、化け猫の目を射抜いた。化け猫は、悲鳴を上げて、行列とともに消え去った。
その後、現八は、山の中で、赤岩一角という武士の亡霊に出会った。一角は、「私は、この山の化け猫に殺され、その化け猫が、私の姿に化けて、私になりすましている。どうか、私の息子の角太郎に、このことを知らせて、仇を討ってほしい」と頼んだ。
現八が山を下りて、一角の屋敷を訪ねてみると、確かに、一角と名乗る男がいたが、その男は、片目に傷を負っていた。現八が射抜いた化け猫の目と同じ場所である。
一角の息子の角太郎は、父の偽物にだまされて、苦しい立場に追い込まれていた。現八は、角太郎に真実を告げ、二人で力を合わせて、偽の一角の正体をあばき、化け猫を退治した。
角太郎は、「礼」の玉を持つ犬士であり、のちに犬村大角と名を改めた。庚申山は、今も「庚申山荘」があり、奇岩の中を巡る登山道が残されている。