草津

東の大関・上州草津(番付解説・伝承)

『諸国温泉功能鑑』は、全国の温泉を、相撲の番付にならって東西に分け、大関、関脇、小結、前頭と格付けした一枚刷りである。番付には、それぞれの湯の効能が小さく書き添えられている。本文として訳すべき文章はないので、ここでは、番付の上位の湯について、その由来と江戸の湯治の様子を記す。

東の大関、最高位に据えられたのは、上州(群馬県)の草津の湯である。

草津の湯は、浅間山の北、白根山のふもとの高原に湧く。湯は強い酸性で、湯量も豊富である。町の中央には「湯畑」があり、もうもうと湯けむりを上げながら、熱い湯が流れ落ちている。

草津の湯の起こりについては、奈良時代の僧、行基が開いたという話や、鎌倉時代に源頼朝が浅間山のふもとで巻狩りをした折に見つけたという話が伝わっている。戦国時代には、すでに名湯として知られ、多くの武将が湯治に訪れた。

江戸時代、草津は、皮膚の病や、はれもの、傷などによく効く湯として評判になった。湯治客は、何日も、ときには何週間も宿に泊まって、日に何度も湯に浸かり、体を癒やした。湯が熱すぎるため、板で湯をかき回して冷ます「湯もみ」も行われた。

草津は、山深い土地にありながら、江戸や関東各地から多くの湯治客が集まり、「東の大関」の名にふさわしいにぎわいを見せた。

草津 東の大関。強い酸性の湯で、湯治客が全国から集まった。
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