西の小結に据えられたのは、予州(愛媛県)の道後の湯である。
道後の湯は、日本で最も古い温泉の一つとされ、その起こりは、奈良時代に作られた『伊予国風土記』に記されている。原本は失われたが、その一部が他の書物に引用されて残っている(逸文)。そこには、次のような神話が記されている。
昔、大国主命と少彦名命が、伊予の国を旅していたとき、少彦名命が病に倒れ、息も絶えそうになった。大国主命は、大分の速見の湯(別府の湯)を、地の下の樋を通して伊予まで引いてきて、少彦名命をその湯に浸した。すると、少彦名命はたちまち元気を取り戻し、「しばらく寝ていたようだ」と言って、力強く立ち上がった。その足を踏みしめた跡が、湯のそばの石に残ったという。
『伊予国風土記』逸文には、さらに、聖徳太子が高句麗の僧、恵慈らとともにこの湯を訪れ、その霊妙な力をたたえる碑文を湯のほとりに建てたことも記されている。そのほか、舒明天皇や斉明天皇など、多くの天皇が行幸したと伝えられる。
江戸時代、道後の湯は松山藩によって整えられ、身分ごとに分けられた湯が設けられて、多くの湯治客でにぎわった。