天香具山・藤原京

巻一・2(舒明天皇)/巻一・28(持統天皇)
原文
春過ぎて夏来るらし白たへの衣干したり天の香具山

【舒明天皇が香具山に登って国見をしたときの歌】
大和には多くの山々があるけれど、中でも頼もしく装いを整えている天の香具山。その山に登り立って国を見渡すと、広い平野にはかまどの煙があちこちから立ち上り、広い水面には鴎が次々と飛び立っている。なんとすばらしい国だろう、蜻蛉島と呼ばれるこの大和の国は。

国見とは、天皇が高い所に登って国土を見渡し、その繁栄を言葉でほめたたえる儀礼である。煙が立ち上るのは民の暮らしが豊かな証しであり、鴎が飛び交うのは恵みに満ちた証しであった。香具山のふもとには埴安の池が広がっていたとされる。

【持統天皇の歌】
春が過ぎて、いつの間にか夏がやって来たらしい。真っ白な衣が干してある。天の香具山に。

香具山は、天から降ってきたという伝説をもつ神聖な山で、「天の」と冠して呼ばれた。持統天皇が藤原京の宮から香具山を望むと、青葉の中に夏衣の白さがくっきりと映えている。その鮮やかさに季節の移り変わりを感じ取った一首である。新緑と白の対比が目に浮かぶような明るい歌で、のちに『新古今和歌集』や百人一首には「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」という、やわらかな形に改められて採られた。

香具山・畝傍山・耳成山の大和三山は、中大兄皇子の「香具山は畝傍を愛しと耳成と相争ひき」の歌でも知られ、万葉びとにとって特別な山々であった。

天香具山・藤原京 持統天皇「春過ぎて夏来るらし白たへの衣干したり天の香具山」。