【大宰少弐小野老の歌】
青丹も美しい奈良の都は、咲く花が照り映えるように、今まさに盛りを迎えている。
この歌は、平城京ではなく遠く九州の大宰府で詠まれた。都から赴任していた小野老が、大宰帥大伴旅人らを前に、華やかな都の繁栄をほめたたえたのである。朱塗りの柱に青い瓦、碁盤の目に整えられた大路。花が咲き匂うような都の姿は、辺境にいる官人たちの望郷の思いをいっそうかき立てたことだろう。「あをによし」は奈良にかかる枕詞で、顔料の青丹を産したことにちなむともいう。
【寧楽の故郷を悲しんで作った歌(長歌の大意)】
やすみしし我が大君が、天の下をお治めになる奈良の都は、かげろうの燃える春になれば、春日山や御笠の野辺に桜の花が木陰に咲き、貌鳥は絶え間なく鳴く。露霜の秋が来れば、生駒山や飛火が岡で萩の枝をしがらみ散らして、牡鹿は妻を呼んで鳴き響かせる。山を見れば見飽きることなく、里を見れば住みよい所だった。
それなのに、大宮人たちが頼みにしてきたこの都も、時が移り変わったので、大君のお言葉のままに新しい都へ移っていった。かつて人々が行き交った道は、今では馬も行かず、人も通わず、すっかり荒れ果ててしまった。
聖武天皇が恭仁京に都を移したのち、さびれていく奈良の都を嘆いた歌である。盛りと衰えの二首を並べると、都の栄華もまた移ろうものであることが身にしみる。