正月二十一日、午前六時ごろに船を出す。人々の船もみな出発する。これを見ると、春の海に秋の木の葉が散っているようだった。
この辺りには海賊が出るという噂がある。任国にいたとき、国司は海賊を取り締まったので、その仕返しをしに来るというのだ。人々はみな恐れおびえている。二十三日には「この辺りは海賊の心配がある」と言って、神仏に祈る。二十五日には「海賊が追ってくる」という噂が立って、夜中から船を出して漕いでいく。途中で手向けをする所がある。楫取(船頭)に幣を奉らせると、幣が東の方へ散っていく。楫取は「この幣の散る方向に、船をお進めください」と申し上げる。
二十六日、まことだろうか、海賊が追ってくるというので、夜中ごろから船を出して漕いでくる。
二十九日、土佐の泊から船出していく。子を亡くした母は、この地名が故郷土佐と同じであるのを聞いて、「長年住んでいた所と同じ名だと聞くにつけ、悲しさがつのる」と詠む。
三十日、雨も風も吹かない。海賊は夜には出歩かないものだと聞いて、夜中ごろに船を出して、阿波の水門(鳴門海峡)を渡る。夜中なので、西も東も分からない。男も女も、必死に神仏に祈って、この水門を渡った。午前四時か六時ごろ、沼島という所を通り過ぎて、多奈川という所を渡る。急いで和泉の灘という所に着いた。今日は海に波らしいものもない。神仏のお恵みを受けたようだ。今日で船に乗った日から数えて、三十九日になった。もう和泉の国に来たので、海賊など問題ではない。