正月に寺にこもっているのは、たいそう寒く、雪が降って凍りついているのが趣深い。雨が降りそうな空模様なのは、ひどく悪い。
清水寺などに参詣して、局(参籠のための仕切られた部屋)の準備ができるまでの間、呉階(階段)のもとに車を引き寄せて立てていると、帯だけを身につけた若い法師たちが、足駄というものを履いて、少しも怖がらずに、階段を上り下りしながら、とりとめもない経文の一節を唱えたり、倶舎の偈を少し口ずさんだりしながら歩き回っているのは、場所柄にふさわしく面白い。自分たちが上るのはたいそう危なっかしく、脇の方に寄って、高欄を押さえながら行くのに、法師たちはまるで板敷きのように思っているのも面白い。
「お局の準備ができました。早く」と言うので、法師が履物などを持ってきて、車から下ろす。着物を裾までたくし上げたりしている者もいる。裳や唐衣などをきちんと着て、仰々しく装っている者もいる。深沓や半靴などを履いて、廊の間を沓をすって歩いていくのは、宮中にいるような気がして、また面白い。
局に入ると、人々が並んで座っている前を通るのはたいそう気恥ずかしい。犬防ぎ(仏前の低い格子)の内を見ると、本尊の前に灯明がたくさんともされていて、御仏がきらきらと見えていらっしゃるのは、たいそう尊い。法師たちが手に手に願文を捧げて、礼盤で体を揺すって誓いの言葉を述べる声が、堂内に満ちている。
清水の舞台で知られる清水寺は、観音の霊場として平安時代から篤く信仰され、多くの女性たちが参籠した。『枕草子』には、その賑わいと、厳かさと、ちょっとした可笑しみが、生き生きと写し取られている。