することもなく退屈なのにまかせて、一日中、硯に向かって、心に浮かんでは消えていくとりとめもないことを、何ということもなく書きつけていると、妙に気持ちが高ぶって、正気ではいられないような気がしてくる。
『徒然草』は、兼好法師が書いた随筆である。兼好は、京都の吉田神社の神職の家に生まれ、若いころは朝廷に仕えて、後二条天皇の蔵人として宮中に出入りした。三十歳ごろに出家し、その後は、比叡山の横川や修学院、そして仁和寺に近い双ヶ岡などに住んだとされる。
双ヶ岡は、京都の西、仁和寺の南にある、一の丘、二の丘、三の丘の三つの丘からなる小さな山である。兼好はこのあたりに草庵を結んで晩年を過ごしたと伝えられ、ふもとの長泉寺には兼好の墓と伝える塚があり、今も「兼好法師旧跡」の碑が立っている。兼好自身も、「ならびの岡に無常所まうけて」(双ヶ岡に墓所を用意して)という歌を残している。
『徒然草』には、仁和寺の法師たちの話が多く登場する。兼好が、仁和寺の近くに住んで、その噂話を身近に聞いていたからであろう。
序段のこの一文は、『枕草子』の「春はあけぼの」、『方丈記』の「ゆく河の流れ」と並んで、日本の古典で最も有名な書き出しの一つである。「ものぐるほし」とは、自分でも抑えがたいほど心が動くさまを言う。何気ない思いを書き連ねていくうちに、筆が止まらなくなっていく。そうして書き継がれた二百四十三の章段には、無常観、人の世の知恵、美意識、失敗談、奇談まで、あらゆることが自在に語られている。