十一 山の暮らし

方丈記 現代語訳
原文現代語訳

また山の麓に、一つの柴の庵がある。この山の番人が住むところである。そこに男の子がいて、ときどき訪ねてくる。もし退屈なときは、この子を友として歩き回る。あの子は十六歳、わたしは六十歳。年はずいぶん離れているが、心を慰めることは同じである。

ある時はつばなを抜き、岩梨をとる。また、むかごをもぎ、芹を摘む。あるいは山すその田んぼに行って、落ち穂を拾って穂組みをつくる。

もし天気がうららかなら、峰によじ登って、はるかにふるさとの空を眺め、木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師を見る。景色のよい土地には持ち主がいないので、心を慰めるのに何の差しさわりもない。

足も疲れず、遠くまで行こうという気になったときは、ここから峰づたいに炭山を越え、笠取を過ぎて、岩間寺に詣で、あるいは石山寺を拝む。または粟津の原を分け入って、蝉丸翁の旧跡を訪ね、田上川を渡って、猿丸大夫の墓を訪ねる。帰り道には、季節に応じて桜を眺め、紅葉を探し、わらびを折り、木の実を拾って、仏に供え、また家への土産にする。

もし夜が静かなら、窓から月を眺めて亡き友をしのび、猿の声に涙で袖を濡らす。草むらの蛍は、遠く槇の島のかがり火と見まがい、明け方の雨の音は、木の葉を吹き散らす嵐の音に似ている。山鳥がほろほろと鳴くのを聞いても、父か母かと思い、峰の鹿が近くまで慣れて寄ってくるのにつけても、世間から遠ざかった身のほどを知る。あるいは灰に埋めた炭火をかき起こして、老いの寝覚めの友とする。恐ろしい山ではないが、ふくろうの声をしみじみと聞くにつけても、山の中の趣は、季節ごとに尽きることがない。まして深く思い、深く物事を知る人にとっては、これだけにとどまらないだろう。

そもそもここに住み始めたときは、ほんのしばらくのつもりだったが、今までにもう五年がたった。仮の庵もいくらか古びて、軒には朽ち葉が深く積もり、土台には苔が生えている。

ときおり何かのついでに都の様子を聞くと、わたしがこの山にこもってから後、身分の高い方々が亡くなられたことも数多く耳にする。まして数にも入らない人々については、とても知り尽くすことはできない。たびたびの火事で焼けた家も、どれほどあるだろう。ただこの仮の庵だけが、のどかで心配がない。狭いとはいっても、夜寝る床があり、昼座る場所がある。この身ひとつを宿すのに不足はない。

やどかりは小さな貝を好む。これは自分の身のほどをよく知っているからである。みさごは荒い磯に住む。これは人を恐れるからである。わたしもまたこれと同じだ。身のほどを知り、世の中を知っているので、何も望まず、人と交わらず、ただ静かであることを望みとし、憂いのないことを楽しみとしている。

だいたい世の人が家をつくるのは、必ずしも自分のためではない。妻子や一族のためにつくり、親しい人や友人のためにつくる。あるいは主君や師匠、さらには財宝や牛馬のためにさえつくる。わたしは今、自分のために庵を結んだのであって、人のためにつくったのではない。なぜかといえば、今の世のならいと、この身のありさまでは、一緒に暮らす人もなく、頼りにする召使いもいない。たとえ広くつくったところで、誰を泊め、誰を住まわせようというのか。

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