二十二 左大臣仲平

大鏡 原文
原文現代語訳

このおとゞは、これ基經のおとゞの次郞御母は本院の大臣におなじ。大臣の位にて十三年ぞおはせし。枇杷左大臣と申す。御子もたせたまはず。伊勢が集に、

「花ずゝきわれこそしたに思ひしかほに出でゝ人にむすばれにけり」

などよみ給へるはこの人におはす。貞信公よりは御兄に當らせ給へど、二十年まで大臣になり後れ給へりし。遂になり給へれば、おほきおほい殿の御よろこびの歌、

「おそくとくつひに咲きぬる梅の花たがうゑおきし種にかあるらむ」。

やがてその花をかざして御對面の日喜び給へる。庇の大饗せさせ給ひけるにも橫ざまにすゑさせ給ひけるこそ、年ごろ少しかたはらいたく思されける御心とけて、いかにかたみに心ゆかせ給へりけむと御あはひめでたけれ。この殿の御心ぞ誠に美はしく坐しましける。皆人きゝしろしめしたる事なり。申さじ。このおとゞに伊勢の御息所の忘られてよむ歌なり、

「人しれずやみなましかばわびつゝもなき名ぞとだにいはましものを」。

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