第35話和歌集抄訳
秋歌下・283(よみ人しらず)、294(在原業平)
【題しらず よみ人しらず】
竜田川には紅葉が乱れ散って流れているようだ。もし渡ったならば、この錦のような流れが途中で断ち切れてしまうだろうか。
【二条の后が東宮の御息所と申し上げていたころ、御屏風に竜田川に紅葉が流れる絵が描かれていたのを題にして詠んだ歌 在原業平】
不思議なことが多かったという神代の昔にも聞いたことがない。竜田川が、水を深紅色にくくり染めにしているとは。
竜田川は、奈良県の生駒山地の東を流れ、大和川に注ぐ川である。そのほとりには風の神を祀る竜田大社があり、竜田山の紅葉は古くから名高かった。秋の女神である竜田姫の名も、この山にちなんでいる。
業平の歌は、実際の川を見て詠んだのではなく、屏風に描かれた絵を見て詠んだ屏風歌である。川面をびっしりと覆って流れる紅葉を、布を糸でくくって染め上げる「くくり染め(絞り染め)」に見立てた。「からくれなゐ」は、唐から伝わった紅の意で、鮮やかな深紅を表す。「神代もきかず」と大きく打ち出して、その美しさが人の世のものとは思えないほどだと驚いてみせる、業平らしい大胆な歌である。
この歌は百人一首にも採られ、広く愛唱された。江戸時代の落語「千早振る」は、この歌の意味を知ったかぶりの隠居がとんでもなく解釈してみせる話で、竜田川という相撲取りと千早という花魁の物語に仕立ててしまう。それほどこの歌は、誰もが知る一首だったのである。