第61話日記・紀行抄訳
「門出」
東海道の道の果てよりも、さらに奥の方で生まれ育った私は、どんなにか田舎じみていただろうに、どう思いはじめたことか、世の中に物語というものがあるそうなのを、なんとかして見たいと思い続けていた。
することもない昼間や夜の団欒のときなどに、姉や継母などといった人々が、その物語、あの物語、光源氏の様子など、ところどころ話すのを聞くと、ますます読みたい気持ちがつのるけれども、私の望むように、そらで覚えていて話してくれるはずもない。
たいそうじれったいので、等身大の薬師仏を造って、手を洗い清めるなどして、人のいないときにひそかに仏間に入っては、「京に早く上らせてくださって、物語がたくさんあると聞くのを、あるだけ全部お見せください」と、身を投げ出して額をつけてお祈り申し上げた。
そうしているうちに、十三歳になる年、父の任期が終わって京へ上ることになり、九月三日に門出をして、いまたちという所に移った。
長年遊び慣れた家を、外から見えるほどに建具を取り払って、大騒ぎで準備をして、日の沈むころ、たいそうものさびしく霧が一面に立ちこめているときに、車に乗ろうとしてふと見やると、人のいないときにいつもお参りしていた薬師仏が立っていらっしゃるのを、お見捨て申し上げるのが悲しくて、人知れず泣けてしまった。
作者は菅原孝標の娘。父の任国であった上総の国府(今の千葉県市原市)で少女時代を過ごし、寛仁四年(一〇二〇年)、京へ向かって旅立った。この旅の記録から、およそ四十年にわたる回想の日記が始まる。