第82話軍記物語抄訳
巻五「物怪之沙汰」・巻七「福原落」
治承四年(一一八〇年)六月、清盛は、突然、都を摂津の国の福原に遷した。福原は、清盛が別荘を構え、日宋貿易の拠点として大輪田泊を修築した所である。
福原に都を遷してから、平家の人々は夢見も悪く、常に胸騒ぎがして、怪しいことが多かった。ある夜、清盛の寝所に、部屋いっぱいになるほどの大きな顔が現れて、清盛をじっと見つめた。清盛が少しも騒がず、にらみ返すと、その顔は消え失せた。
またある朝、清盛が中庭を見ると、死人のしゃれこうべが数え切れないほど集まって、上になり下になり、転がり合っていた。やがて一つに固まって、中庭いっぱいになるほどの大きなしゃれこうべとなり、生きている人の目のように、何千何万という目で清盛をにらんだ。清盛がこれもにらみ返すと、霜や露が日に当たって消えるように、跡形もなく消えてしまった。
こうした怪異のうえに、公卿たちも人々もみな、新しい都を嫌った。その年の冬、結局、都は再び京へ戻された。翌年、清盛は熱病にかかり、「頼朝の首を我が墓の前にかけよ」と言い残して世を去った。
寿永二年(一一八三年)、木曽義仲に攻められた平家一門は、都を捨てて西へ落ちていった。福原に着いて一夜を過ごし、翌朝、平家は福原の内裏に火をかけて、船に乗って海へ漕ぎ出した。清盛が心を尽くして造った館も、春は花見の岡の御所、秋は月見の浜の御所、雪見の御所、萱の御所も、一時の灰となった。
「故郷をば焼け野の原とかへり見て末も煙の波路をぞ行く」。平家の人々は、煙の立ちこめる福原を振り返りながら、あてどない波の上へと去っていった。