第133話芸能・浄瑠璃抄訳

曾根崎心中

中之巻「天満屋の段」

舞台 北新地・天満屋(大阪府)
成立 1703年 作者 近松門左衛門

現代語訳

その夜、北の新地の天満屋。お初は、徳兵衛のことが心配で、胸がつぶれる思いでいた。店の者たちは、徳兵衛の噂話をしている。「偽証文を作って、さんざんに踏みつけられたそうだ」「もう大坂にはいられまい」。

そこへ、編み笠で顔を隠した徳兵衛が、ひそかに訪ねてきた。お初は、人目をはばかって、徳兵衛を自分の打掛の裾に隠し、縁の下へと入れた。そして、自分は縁先に腰を下ろした。

ちょうどそこへ、九平次が仲間を連れて、客として上がり込んできた。九平次は、お初の前で、「徳兵衛は、偽の証文で金をだまし取ろうとした悪党だ。いずれ罪人として捕らえられるだろう。お初、あんな男のことは忘れて、わしの相手をしろ」と、大声で徳兵衛の悪口を言い立てた。

縁の下の徳兵衛は、怒りに身を震わせた。お初は、足で徳兵衛をそっと押さえてなだめながら、九平次に向かって、独り言のように言った。「徳様は、長年の間、九平次にだまされなさったのです。けれど、証拠がないので、言い訳もできない。この上は、死ぬ覚悟をなさらねばならないでしょう。それを聞きたい」。

そう言って、お初が縁の下へ足を差し入れると、徳兵衛は、お初の足首を取って、自分の喉に当て、「死ぬ」と覚悟を伝えた。お初は、「そうでしょう。いつまで生きても同じこと。死んで恥をすすがなければ」と言い、「徳様と一緒に、私も死ぬ」と、心の中で誓った。

九平次たちが帰り、店の者たちが寝静まった真夜中、お初は、白無垢の死に装束に着替えて、そっと二階から下りてきた。吊り行灯の火を消し、足音を忍ばせ、戸口の掛け金を外そうとする。戸の鳴る音、下女の寝返り。胸の早鐘を抑えて、二人はついに天満屋を抜け出した。

地点メモ:縁の下に隠れた徳兵衛が、お初の足を取って死の覚悟を伝える。
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