第159話近世小説抄訳・要確認
第二輯「芳流閣の決闘」
犬塚信乃は、武蔵の国大塚の郷士の息子で、「孝」の玉を持っていた。信乃は、父の遺言に従い、足利家の家宝である名刀「村雨丸」を、古河公方の足利成氏に献上するために、下総の国の古河へと向かった。
村雨丸は、抜けば刀身から水気が立ちのぼり、振れば露が散るという、不思議な名刀である。ところが、信乃の旅の途中、悪人の網干左母二郎によって、村雨丸は偽物とすり替えられていた。信乃は、そのことを知らずに、古河の御所に参上し、成氏の前で刀を抜いた。すると、それはただの鈍刀であった。
成氏は、「おまえは、家宝を献上すると偽って、わしに近づき、命を狙う刺客であろう」と怒り、信乃を捕らえるよう命じた。信乃は、追っ手の兵を斬り伏せながら、御所の中を逃げ回り、ついに、三層の高楼である芳流閣の屋根の上へと追い詰められた。
成氏は、牢に捕らわれていた、捕り物の名人、犬飼現八を呼び出し、「信乃を捕らえたならば、罪を許そう」と命じた。現八は、「信」の玉を持つ犬士であったが、そのことを互いに知らない。
芳流閣の屋根の上、下には利根川が流れる。信乃と現八は、瓦を踏み鳴らして、壮絶な戦いを繰り広げた。信乃の刀と、現八の十手が火花を散らし、二人は、屋根の端から端へと、目にも止まらぬ速さで斬り結ぶ。下では、成氏の家臣たちが、固唾を呑んで見守っている。
二人の力は互角で、いつまでも勝負がつかない。ついに、二人は、もつれ合ったまま屋根から足を滑らせ、真っ逆さまに利根川の岸につないであった小舟の中に落ちた。綱が切れた小舟は、二人を乗せたまま、利根川の流れに乗って、はるか下流へと流されていった。
芳流閣の決闘は、『八犬伝』の中でも最も有名な場面で、歌舞伎や錦絵にも繰り返し描かれた。