第186話暮らし・民俗抄訳
六三・六四
小国の三浦家は、村一番の金持ちである。二、三代前の主人のころは、まだ貧しい家だった。その妻は、少しぼんやりしたところのある人だった。
ある日、妻は門の前を流れる小川に沿って、ふきを採りに出かけた。よいふきが少ないので、だんだん谷の奥へと登っていった。
ふと見ると、立派な黒い門の家がある。不思議に思いながら門をくぐると、広い庭に紅白の花が一面に咲き、鶏がたくさん遊んでいた。裏へ回ると、牛小屋には牛がたくさん、馬屋には馬がたくさんいる。けれども人の姿はない。
玄関から上がってみると、次の間には朱塗りと黒塗りの膳や椀がたくさん並べてある。奥の座敷では火鉢にかけた鉄瓶の湯が、しゅんしゅんと煮え立っていた。それでも人影はない。
もしや山男の家ではないか――急に怖くなって、妻は家まで走って帰った。
この話を人にしても、誰も本気にしなかった。
ところがある日、妻が家のカド(川べりの洗い場)で物を洗っていると、川上から赤い椀がひとつ流れてきた。あまりにきれいなので拾い上げたが、食器に使ったら汚いと叱られるかもしれない。そこで米びつの中に入れて、穀物を量る器にした。
すると、この椀で量るようになってから、いつまでたっても穀物が減らない。家の者が不思議に思って尋ねると、妻ははじめて、川で拾ったことを話した。
この家はそれから運が開け、いまの三浦家になった。
遠野では、山の中の不思議な家をマヨイガという。マヨイガに行き当たった人は、家の中の道具でも家畜でも、何かひとつ必ず持ち帰るべきなのだ。その人に授けるために、その家は姿を見せるのだから。
この妻は欲がなく、何も持ってこなかった。だから椀のほうから流れてきたのだろう、という。
*「カド」は門ではない。「川戸」のことで、門前の川岸に、水汲みや洗い物のために家ごとに作った場所である。
*原文の「ケセネ」は米や稗などの穀物、「キツ」はそれを入れる箱である。
*
金沢村は白望のふもとで、上閉伊郡でもとりわけ山奥にあり、行き来する人も少ない。
六、七年前、この村から、栃内村山崎のある家の娘のもとへ婿が来た。この婿が実家へ帰ろうとして山道に迷い、またあのマヨイガに行き当たった。
家のようす、牛や馬や鶏の多さ、紅白の花――すべて前の話のとおりだった。玄関を入ると、膳や椀を並べた部屋がある。座敷では鉄瓶の湯が煮え立ち、いままさにお茶をいれようとしているところのように見えた。どこか便所のあたりに、人が立っている気配もした。
婿はぼうぜんとしていたが、だんだん怖くなって引き返し、やっと小国の村に出た。
小国では誰もこの話を本気にしなかったが、山崎の家の人たちは違った。
「それはマヨイガに違いない。行って膳や椀を持ってきて、長者になろう」
婿を先頭に、大勢で山奥へ探しに入った。「ここに門があった」というところまで来たが、何も見当たらず、むなしく帰ってきた。
その婿が金持ちになったという話も聞かない。