おくのほそ道
松尾芭蕉 1702年刊(1689年の旅)
概要
1689年3月末、松尾芭蕉は門人の河合曾良を伴って江戸深川を発ち、日光、白河の関、松島、平泉、立石寺、最上川、出羽三山、象潟を巡り、日本海沿いに越後・越中・加賀・越前を経て、8月に美濃の大垣に着いた。約150日、2400キロの旅を、句を織り込んだ簡潔な文章で記した紀行文。旅のあと数年をかけて推敲され、芭蕉の死後の1702年に刊行された。
時代背景
江戸前期、五街道と宿場が整い、旅をする人が増えていた。芭蕉は旅を詩の修行とし、西行や能因など昔の歌人が訪ねた歌枕を自分の足で訪ねることを目的とした。奥羽は平安時代以来の歌枕の宝庫だった。同行した曾良の『随行日記』と比べると、作品には日付の入れ替えや創作も含まれ、芭蕉が紀行を一つの文学作品として構成したことがわかる。
読みどころ
- 旅立ち「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」。住まいを人に譲り、旅に出る覚悟。「深川・採荼庵」を読む →
- 平泉「夏草や兵どもが夢の跡」。奥州藤原氏の栄華と義経の最期を、一句に重ねる。「平泉」を読む →
- 立石寺「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」。山寺の岩と静けさ。「立石寺」を読む →
- 市振同じ宿に泊まった遊女たちとの一夜。「一つ家に遊女も寝たり萩と月」。紀行に物語の彩りを添える場面。「市振」を読む →