丸子

二編・三編(丸子のとろろ汁)

箱根を越えた弥次さん喜多八は、三島、沼津、原、吉原と、富士山を眺めながら旅を続けた。弥次さんの故郷である府中(今の静岡市)を過ぎると、次の宿場が丸子(鞠子)である。

丸子の宿は、名物のとろろ汁で知られていた。自然薯をすりおろして、味噌汁でのばしたとろろ汁を、麦飯にかけて食べるのである。芭蕉も、「梅若菜丸子の宿のとろろ汁」と詠んでいる。

二人は、腹を空かせて、とろろ汁の店に入った。ところが、店の中では、ちょうど夫婦げんかの真っ最中であった。亭主が、とろろ汁を作るためにすり鉢で芋をすっていると、女房が、子どもを背負ったまま、何かと口を出す。亭主が腹を立てて、「このあま、何をぬかす」と、すりこぎを振り上げると、女房も負けじと、「なんだと、この宿六」と応戦する。

夫婦は、取っ組み合いのけんかを始め、すり鉢はひっくり返り、とろろ汁は床一面にぶちまけられてしまった。亭主は、とろろに足を滑らせてすってんころりん、止めに入った隣の女房も、とろろにまみれて転んでしまう。

弥次さんと喜多八は、あっけにとられて、とろろ汁を食べることもできずに、店を出た。弥次さんは、一首詠んだ。

「けんかする夫婦は口をとがらして鳶とろろにすべりこそすれ」

丸子の宿には、慶長元年(一五九六年)創業と伝えられる、とろろ汁の老舗「丁子屋」が今も営業を続けていて、歌川広重の『東海道五十三次』にも、その店先が描かれている。茅葺きの店の前には、弥次さん喜多さんの像も立っている。

丸子(とろろ汁) 名物とろろ汁の店で夫婦喧嘩に巻き込まれ、食べ損ねる。
要確認:細部に記憶違いを含むおそれがあります。
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