弥次さん喜多八は、大井川の川越えや、浜松、岡崎など、道中でさまざまな騒動を起こしながら、尾張の国の宮(熱田)の宿にたどり着いた。
宮から伊勢の国の桑名までは、東海道で唯一の海路、「七里の渡し」である。七里(約二十八キロ)の海を、船で渡るのである。二人は、渡し船に乗り込んだ。船の中では、乗り合わせた人々とのやりとりや、喜多八が小便をこらえきれずに竹の筒に用を足して大騒ぎになるなど、また一騒動があった。
ようやく桑名の港に着くと、二人は、名物の焼き蛤を食べようと、茶屋に入った。桑名の蛤は、木曽川、長良川、揖斐川の三つの大河が海に注ぐ、栄養豊かな干潟で育つため、大きくて味がよいと評判であった。「その手は桑名の焼き蛤」という洒落が生まれたほどである。
茶屋の軒先では、松かさを燃やした火で、殻ごと蛤を焼いている。蛤がぱっくりと口を開けると、香ばしい匂いが立ち上る。二人は、焼きたての蛤に舌鼓を打ち、酒を酌み交わした。
喜多八が、隣に座った女に気を取られているうちに、弥次さんが、喜多八の蛤をこっそり食べてしまったり、熱い蛤の汁が喜多八の懐に入って、「あちち」と飛び上がったりと、ここでも二人の滑稽なやりとりが繰り広げられる。
桑名から先、二人は、四日市、日永の追分へと進み、ここから東海道を離れて、伊勢参宮の道へと入っていった。