江戸や上方など暖かい国の人々は、雪が降ると、「豊年のしるしだ」と喜び、雪見の宴を開き、雪を詩や歌に詠んで楽しむ。しかし、それは、雪の少ない国の人の遊びである。私の住む越後の魚沼郡では、雪は毎年一丈(約三メートル)を超えて積もる。雪国の人々にとって、雪は楽しむものではなく、苦しみと戦いの相手なのである。
秋の終わりになると、雪国の人々は冬支度に追われる。家の周りに板や茅で雪囲いをし、薪や食料を蓄える。雪が降り始めると、屋根に積もった雪を下ろさなければならない。放っておけば、雪の重みで家がつぶれてしまうからである。雪下ろしは、一冬に何度も繰り返される。道は雪に埋もれ、家の出入りも雪を掘って道を作らなければならない。冬の間、雪国の人々は、日の光もあまり差さない家の中で、雪が消えるのをひたすら待つのである。
私は、長年、雪を観察してきた。天から降る雪を黒い布で受け、顕微鏡で見ると、その形は、六角の花のように美しく、一つとして同じものはない。私は、その形を写し取って、この本に載せた。
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雪国には、熊も多い。私が知っているある老人から、若いころの不思議な話を聞いた。
その老人は、若いころ、雪の残る山に薪を取りに行き、足を滑らせて谷底に落ちてしまった。這い上がることもできず、雪の中をさまよううちに、岩の穴を見つけて中に入った。すると、穴の奥には一頭の熊がいた。
男は、もう食い殺されると覚悟したが、熊は男を襲わなかった。それどころか、男が寒さに震えていると、熊はそばに寄って、その体で温めてくれた。男が飢えに苦しんでいると、熊は自分の手のひらを男の口に差し出した。舐めてみると、甘い味がして、飢えをしのぐことができた。
男は、熊とともに穴の中で幾日も過ごした。やがて雪が解けるころ、熊が穴を出ていったので、男もその後についていくと、里へ出る道に出ることができた。男は無事に村へ帰りついたという。
熊にも、人を哀れむ心があるのだろうか。まことに不思議な話である。