天照大御神は、葦原中国(地上の国)は自分の子が治めるべき国だとして、何度も使者を送った。しかし使者たちはみな大国主神になびいて戻らなかった。最後に遣わされたのが、武勇の神タケミカヅチと天鳥船神である。
二柱は出雲国の伊那佐の小浜に降り、十拳剣を抜いて波頭に逆さに突き立て、その切っ先にあぐらをかいて座った。そして大国主神に「この国は天照大御神の御子が治めるべき国である。そなたの心はどうか」と問うた。
大国主神は「私からは申し上げられません。子の八重言代主神が答えるでしょう」と答えた。呼び出された言代主神は「恐れ多いことです。この国は献上いたしましょう」と言うと、乗っていた舟を踏み傾け、青柴の垣に変えてその中に隠れた。
もう一人の子、タケミナカタは千人がかりで動かす大岩を手の先で持ち上げてやって来て、「力比べをしよう」と挑んだ。ところがタケミナカタがタケミカヅチの手をつかむと、その手はたちまち氷の柱に、さらに剣の刃に変わった。逆にタケミカヅチが相手の手をつかむと、若い葦をつかむように握りつぶして投げ飛ばした。タケミナカタは科野国の州羽の海(諏訪湖)まで逃げ、ここから出ないと誓って命乞いをした。
大国主神はついに国を譲ることを承知した。その条件は、地の底の岩盤に太い柱を立て、高天原に届くほど千木を高くそびえさせた壮大な宮殿に自分を祀ることであった。これが出雲の大社の起こりとされる。