竹芝寺

「竹芝寺」

今は武蔵の国になった。とりたてて趣深い所も見えない。浜辺も砂子が白くなどもなく、泥のようで、紫草が生えると聞く野も、葦や荻ばかりが高く生えていて、馬に乗って弓を持った姿が見えないほどに生い茂っている。その中を分けて進んでいくと、竹芝という寺がある。はるか遠くに、ははさうなどという所の廊の礎などがある。

「どういう所か」と尋ねると、昔、竹芝という坂に住む男が、朝廷に宮仕えに差し出され、御殿の庭を掃く役目をしていたとき、「どうしてこんなにつらい目にあうのだろう。故郷の武蔵の国では、酒壺に差した瓢箪の柄杓が、南風が吹けば北になびき、北風が吹けば南になびき、西が吹けば東に、東が吹けば西になびくのを見ていたのに」と独り言を言った。

それを帝の姫君が聞いて、その瓢箪の柄杓がなびく様子を見たいと思われ、御簾のそばに男を呼び寄せて、「私を連れて行って、それを見せなさい」とおっしゃった。男は恐れ多く思いながらも、姫君を背負って、昼夜を分かたず逃げ、武蔵の国まで下ってしまった。

追っ手が来たときには、姫君はもう男と暮らす決心をされていて、「私はこの国に住むべき宿縁があったのでしょう。帰れと言われても帰りません」とおっしゃった。帝はやむなく武蔵の国を男に預け、二人が住んだ家を寺にしたのが、この竹芝寺だという。

こうして一行は、隅田川のあたりへ進み、武蔵と相模の間の、あすだ川という所に着いた。在五中将(在原業平)が「いざこと問はむ」と詠んだ、あの渡りである。

隅田川 武蔵と下総の境、隅田川を渡る。
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