世に「越後の七不思議」と呼ばれるもののひとつに、蒲原郡妙法寺村の農家の炉の隅で、石臼の穴から出る火がある。人はみな不思議なこととして言い伝え、いろいろな書物にも散見される。この火は寛文年間に初めて出たと古い記録に見えるので、それから長い年月を経た今も絶えないのは、不思議の中の不思議である。天が不思議を出すのは一つではない。同じ国の魚沼郡に、もう一つ不思議な火が出た。天の仕組みは妙法寺村の火と同じである。あちらは人の知るところ、こちらは他国の人の知らないところなので、ここに記して話の種とする。
越後国魚沼郡五日町という宿場に近い西のほうに、低い山がある。山のすそに小さな溝がある。天明年間の二月ごろ、そのほとりに子どもたちが集まっていろいろな遊びをし、遊び疲れて木の枝を集め、火を焚いて当たっていた。すると、そこから少し離れたところに、別に火がめらめらと燃えあがったので、子どもたちは大いに恐れて、みな四方へ逃げ散った。その中のひとりの子が家に帰ってわけを親に話すと、この親は心得のある者で、そこへ行って火のありさまを見た。まだ消えていない雪の中に、手が入るほどの穴があいていて、穴から三、四寸上で火が燃えている。よく見て、これはまさしく妙法寺村の火の類だろうと思い、火の口に石を入れて消し、家に帰っても人には話さなかった。雪が消えてから再びそこへ行ってみると、火の燃えていたのはあの小さな溝の岸だった。火打ち石でつけ木に火をつけ、試しに池の中へ投げ入れると、池の中から火が出て、かがり火のようだった。水の上で火が燃えるのは妙法寺村の火よりも不思議だと、宿場の人々がやって来てこれを見た。
その後、金もうけに目ざとい者がその池のほとりに湯屋を建て、樋で水を引くように地中の火を引いて湯船のかまどで燃やし、灯火の代わりにもした。池の水を湯に沸かして、料金をとって入浴させた。この湯は硫黄の気があって疥癬などの皮膚病によく効き、一時はやって人が群がった。
○思うに、地中には水の脈と火の脈がある。地は大いなる陰なので、水の脈が九分、火の脈が一分である。だから火の脈ははなはだまれである。地中の火の脈が凝り固まったところは、必ず人の息のように気を吐き出すが、肉眼では見えない。火の脈の吐く気に、人がふだん使う陽の火を加えると、燃えて炎になる。これを陰火といい、寒火という。寒火を引くのに樋の筒が焦げないのは、火の脈の気がまだ陽の火を受けて火になっていない、ただの気だからである。陽の火を受けると、筒の口から一、二寸上で火になる。これによって火の脈の気が燃えるのだとわかる。妙法寺村の火もこれである。これは私の発見ではなく、古い書物によって考え得たところである。