二十 雪中の火

北越雪譜 原文
原文現代語訳

世に越後の七不思議(なゝふしぎ)と称(しよう)する其一ツ蒲原郡(かんばらこほり)妙法寺村の農家(のうか)炉中(ろちゆう)の隅(すみ)石臼(いしうす)の孔(あな)より出(いづ)る火、人皆(みな)奇(き)也として口碑(かうひ)につたへ諸書(しよしよ)に散見(さんけん)す。此火寛文年中始(はじめ)て出(いで)しと旧記(きうき)に見えたれば、三百余年の今において絶(たゆ)る事なきは奇中(きちゆう)の奇也。天奇(てんき)を出(いだ)す事一ならず、おなじ国の魚沼郡(うおぬまこほり)に又一ツの奇火(きくわ)を出(いだ)せり。天公(てんたうさま)の機状(からくりのしかけ)かの妙法寺村の火とおなじ事也。彼(かれ)は人の知(し)る所、是は他国の人のしらざる所なればこゝに記(しるし)て話柄(はなしのたね)とす。

越後の国魚沼郡(うおぬまこほり)五日町といふ駅(えき)に近(ちか)き西の方に低(ひく)き山あり、山の裾(すそ)に小溝(こみぞ)在(あり)、天明年中二月の頃(ころ)、そのほとりに童(わらべ)どもあつまりてさま〴〵の戯(たはむれ)をなして遊倦(あそびうみ)、木の枝(えだ)をあつめ火を焚(たき)てあたりをりしに、其所よりすこしはなれて別(べつ)に火燄々(えん〳〵)と燃(もえ)あがりければ、児曹(こどもら)大におそれ皆々四方に逃散(にげちり)けり。その中に一人の童(わらべ)家(いへ)にかへり事(こと)の仔細(しさい)を親(おや)に語(かたり)けるに、此親(このおや)心ある者にてその所にいたり火の形状(かたち)を見るに、いまだ消(きえ)ざる雪中に手(て)を入るべきほどの孔(あな)をなし孔(あな)より三四寸の上に火燃(もゆ)る。熟覧(よく〳〵みて)おもへらく、これ正(まさ)しく妙法寺村の火のるゐなるべしと火口(ひぐち)に石を入れてこれを消(け)し家にかへりて人に語(かたら)ず、雪きえてのち再(ふたゝび)その所にいたりて見るに火のもえたるはかの小溝(こみぞ)の岸(きし)也。火燧(ひうち)をもて発燭(つけぎ)に火を点(てん)じ試(こゝろみ)に池中に投(なげ)いれしに、池中(ちちゆう)火を出(いだ)せし事庭燎(にはび)のごとし。水上に火燃(もゆ)るは妙法寺村の火よりも奇(き)也として駅中(えきちゆう)の人々来(きた)りてこれを視(み)る。そのゝち銭に才(かしこき)人かの池のほとりに混屋(ふろや)をつくり、筧(かけひ)を以て水をとるがごとくして地中の火を引き湯槽(ゆぶね)の竈(かまど)に燃(もや)し、又燈火(ともしび)にも代(かゆ)る。池中の水を湯(ゆ)に燂(わか)し価(あたひ)を以て浴(よく)せしむ。此湯硫黄(ゆわう)の気ありて能(よく)疥癬(しつ)の類(るゐ)を治(ぢ)し、一時(いちじ)流行(りうかう)して人群をなせり。

○按(あんずる)に、地中に水(すゐ)脉と火脉(くわみやく)とあり、地は大陰(いん)なるゆゑ水脉は九分火脉は一分なり。かるがゆゑに火脉は甚(はなはだ)稀(まれ)也。地中の火脉凝結(こりむすぶ)ところかならず気息(いき)を出(いだ)す事人の気息のごとく、肉眼(にくがん)には見えず。火脉(くわみやく)の気息(いき)に人間(にんげん)日用(にちよう)の陽火(ほんのひ)を加(くはふ)ればもえて焔(ほのほ)をなす、これを陰火(いんくわ)といひ寒火(かんくわ)といふ。寒火を引(ひく)に筧(かけひ)の筒(つゝ)の焦(こげ)ざるは、火脉の気いまだ陽火をうけて火とならざる気息(いき)ばかりなるゆゑ也。陽火をうくれば筒の口より一二寸の上に火をなす、こゝを以て火脉(くわみやく)の気息の燃(もゆ)るを知(し)るべし。妙法寺村の火も是也。是余(よ)が発明(はつめい)にあらず、古書(こしよ)に拠(より)て考得(かんがへえ)たる所也。

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