三十五 縮を曬す

北越雪譜 原文
原文現代語訳

曬屋(さらしや)とてこれをのみ業(わざ)とす、又おりたる家にてさらすもあれど稀(まれ)なり。さらしやはその家の辺(ほとり)又程(ほど)よき所を見立、そこに仮小屋(かりこや)を造(つく)り物をも置(おき)、また休息(きうそく)の処とす。晒人(さらして)は男女ともうちまじり身を清(きよ)める事織女(おりめ)の如(ごと)くす。さらすは正月より二月中(ちゆう)の為業(しわざ)也。此頃はいまだ田(た)も圃(はた)も平一面(ひらいちめん)の雪の上なれば、たはたの上をさらし場とするもあり、日の内にさらし場(ば)を踏(ふみ)へしたる処あれば、手頃(てごろ)の板(いた)に柄(え)をつけたる物にて雪の上を平(たひら)かにならしおく也。かくせざれば夜(よ)の間(うち)に凍(しみ)つきてふみへしたる処そのまゝ岩のごとくになるゆゑ也。晒場(さらしば)には一点(てん)の塵(ちり)もあらせざれば、白砂(しろすな)の塩浜(しほばま)のごとし。さて白ちゞみはおりおろしたるまゝをさらす、余(よ)のちゞみは糸につくりたるを拐(かせ)にかけてさらす。その拐(かせ)とは細(ほそ)き丸竹を三四尺ほどの弓になしてその弦(つる)に糸をかけ、拐(かせ)ながら竿(さを)にかけわたしてさらす也。白ちゞみは平地の雪の上にもさらし、又高さ三尺あまり長さは布ほどになし、横幅(よこはゞ)は勝手にまかせ土手のやうに雪にてつくり、その上にちゞみをのばしならべてさらすもあり、かくせざれば狗(いぬ)など蹈越(ふみこえ)てちゞみをけがすゆゑ也。こゝに拐(かせ)をならべてさらしもする也。みなその場所(ばしよ)の便利(べんり)にしたがふゆゑ一定(いちぢやう)ならず。さて晒(さら)しやうは縮(ちゞみ)にもあれ糸にもあれ、一夜灰汁(あく)に浸(ひた)しおき、明(あけ)の朝(あした)幾度(いくたび)も水に洗(あら)ひ絞(しぼ)りあげてまへのごとくさらす也。 貴重尊用(きちようそんよう)の縮(ちゞみ)をさらすはこれらとはおなじくせず、別にさらし場をもうけ、よろづに心を用ひてさらす事御機(はた)をおるに同じ。我国(わがくに)にては地中の水気(すゐき)雪のために発動(うごか)ざるにや、雪中には雨まれ也、春はことさら也。それゆゑ件(くだん)のごとく日にさらす晴(はれ)のつゞく事あり。さて灰汁(あく)にひたしてはさらす事、毎日(まいにち)おなじ事をなして幾日を歴(へ)て白々をなしたるのちさらしをはる。やがてさらしをはらんとする白ちゞみをさらすをりから、朝日のあか〳〵と昇(さしのぼり)て玉屑平上(ぎよくせつへいしやう)に列(つらね)たる水晶白布(すゐしやうはくふ)に紅映(こうえい)したる景色(けしき)、ものにたとへがたし。かゝる光景(ありさま)は雪にまれなる暖(だん)国の風雅人(ふうがじん)に見せたくぞおもはるゝ。凡(およそ)ちゞみを晒(さらす)には種々(しゆ〴〵)の所為(しわざ)あれども、こゝには其大略(たいりやく)をしるすのみ。

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