三十六 縮の市

北越雪譜 原文
原文現代語訳

市場(いちば)とてちゞみの市あるは、まへにいへる堀の内十日町小千谷(をぢや)塩沢(しほざは)の四ヶ所也。初市(はついち)を里言(りげん)にすだれあきといふ。雪がこひの簾(すだれ)の明(あく)をいふ也、四月のはじめに有(あり)。堀の内よりはじむ、次に小千谷、次に十日町、次に塩沢(しほざは)、いづれも三日づゝ間(あひ)を置(おき)てあり。(年によりて一定ならず)右四ヶ所の外には市場なし。十日町には三都(さんと)呉服問屋(ごふくとひや)の定宿ありて縮をこゝに買(かふ)。市日には遠近(ゑんきん)の村々より男女をいはず所持(しよぢ)のちゞみに名所(などころ)を記(しる)したる紙簽(かみふだ)をつけて市場に持より、その品(しな)を買人(かひて)に見せて売買(うりかひ)の直段(ねだん)定(さだま)れば鑑符(きつて)をわたし、その日市はてゝ金(かね)に換(か)ふ。およそ半年(はんとし)あまり縮の事に辛苦(しんく)したるは此初市の為(ため)なれば、縮売(ちゞみうり)はさら也、こゝに群(あつま)るもの人の濤(なみ)をうたせ、足々(あし〳〵)を踏(ふま)れ、肩々(かた〳〵)を磨(す)る。万(よろづ)の品々(しな〴〵)もこゝに店(みせ)をかまへ物を売(う)る。遠(とほ)く来りたるものは宿をもとむるもあれば、家毎(いへごと)に人つどひ、香具師(かうぐし)の看物(みせもの)薬売(くすりうり)の弁舌(べんぜつ)、人の足をとゞめて錐(きり)を立(たつ)べき所もあらぬやう也。此初市の日は繁花(はんくわ)の地の喿饒(にぎはひ)にもをさ〳〵劣(おとら)ず。(右にいふ四度の市をはりてのちも在々より毎日問屋へ来りてちゞみをうる、又ちゞみ仲買のもの在々にいたりてもかふ也、六月十五日迄を夏ちゞみといひ十七日より翌年の初市までを冬ちゞみといふ)縮(ちゞみ)の精疎(よしあし)の位(くらゐ)を一番二番といふ。価(あたひ)の高下(かうげ)およそは定(さだめ)あれども、その年々(とし〴〵)によりてすこしづゝのたがひあり。市の日にその相場年の気運(きうん)につれて自然(おのづから)さだまる。相場(さうば)よければ三ばんのちゞみ二ばんにのぼり、二ばんは一ばんに位(くらゐ)す。前(まへ)にもいへるごとくちゞみは手間賃(てまちん)を論(ろん)ぜざるものゆゑ、誰(た)がおりたるちゞみは初市に何程(なにほど)に売(うり)たり、よほど手があがりたりなどいはるゝを誉(ほまれ)とし、或(あるひ)はその伎(わざ)によりて娶(よめ)にもらはんといはるゝ娘もあれば、利を次(つぎ)にして名を争(あらそ)ふ。このゆゑに市にちゞみを持ゆくは兵士(へいし)の戦場(せんじやう)にむかふがごとし。さてちゞみの相場は大やうは穀相場(こくさうば)におなじうして事は前後(ぜんご)す。年(とし)凶(きよう)すれば穀(こく)は上り縮(ちゞみ)は下る。年豊(ゆたか)なれば縮(ちゞみ)は上り穀(こく)は下る。豊凶(はうきよう)の万物に係(かゝ)る事此一を以て知るべし。されば万民豊年(はうねん)をいのらざらめや。

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