江戸の児曹が春の遊は、女児は繍毬羽子擢、男児は紙鴟を揚ざるはなし。我国のこどもは春になりても前にいへるごとく地として雪ならざる処なければ、歩行に苦しく路上に遊をなす事少し。こゝに玉栗といふ児戯あり。(春にもかぎらず雪中のあそび也)始は雪を円成て雞卵の大さに握りかため其上へ〳〵と雪を幾度もかけて足にて踏堅、あるひは柱にあてゝ圧堅、これを肥といふ。さて手毬の大さになりたる時他の童が作りたる玉栗を庇下などに置しめ、我が玉栗を以他の玉栗にうちあつる、強き玉栗弱き玉栗を砕くをもつて勝負を争ふ。此戯所によりて、○コンボウ○コマ○地独楽○雪玉(里のなまりに雪をいきといふ)○ズヽゴ○玉ゴシヨ○勝合などいふなり。此玉栗を作るに雪に少し塩を入るれば堅なること石の如し、ゆゑに小児互に塩を入るを禁ずるなり。こゝを以てみる時は、塩は物を堅むる物なり。物を堅実にするゆゑ塩蔵にすれば肉類も不腐、朝夕嗽に塩の湯水を以すれば歯をかためて歯の命を長くすといふ。玉栗は児戯なれど、塩の物を堅する証とするにたれり。故にこゝに記せり。又童のあそびに雪ン堂といふ㕝あり、初編にいだせり。
七十四 玉栗
北越雪譜 原文
原文現代語訳