七十四 玉栗

北越雪譜 原文
原文現代語訳

江戸の児曹(こども)が春の遊は、女児(こ)は繍毬(てまり)羽子擢(はごつき)、男児(ご)は紙鴟(たこ)を揚(あげ)ざるはなし。我国のこどもは春になりても前にいへるごとく地として雪ならざる処なければ、歩行(ほかう)に苦(くる)しく路上(みちなか)に遊をなす事少(すくな)し。こゝに玉栗(たまくり)といふ児戯(こどもあそび)あり。(春にもかぎらず雪中のあそび也)始(はじめ)は雪を円成(まろめ)て雞卵(たまご)の大さに握(にぎ)りかため其上へ〳〵と雪を幾度もかけて足にて踏堅(ふみかため)、あるひは柱(はしら)にあてゝ圧堅(おしかため)、これを肥(こやす)といふ。さて手毬(てまり)の大さになりたる時他の童(わらべ)が作りたる玉栗(たまくり)を庇下(ひさしした)などに置(おか)しめ、我が玉栗を以他の玉栗にうちあつる、強(つよ)き玉栗弱(よわ)き玉栗を砕(くだ)くをもつて勝負(しようぶ)を争(あらそ)ふ。此戯(このたはふれ)所によりて、○コンボウ○コマ○地独楽(ぢこま)○雪玉(いきんだま)(里のなまりに雪をいきといふ)○ズヽゴ○玉ゴシヨ○勝合(かちあひ)などいふなり。此玉栗を作(つく)るに雪に少(すこ)し塩(しほ)を入るれば堅(かたく)なること石の如し、ゆゑに小児互(たがひ)に塩を入るを禁(きん)ずるなり。こゝを以てみる時は、塩(しほ)は物を堅(かた)むる物なり。物を堅実(けんじつ)にするゆゑ塩蔵(しほづけ)にすれば肉類(にくるゐ)も不腐(くさらず)、朝夕嗽(くちそゝぐ)に塩の湯水を以すれば歯(は)をかためて歯の命を長くすといふ。玉栗は児戯(こどもたはふれ)なれど、塩の物を堅(かたく)する証(あかし)とするにたれり。故にこゝに記(しる)せり。又童(わらべ)のあそびに雪(いき)ン堂(だう)といふ㕝あり、初編にいだせり。

現代語訳で読む →
← 前の項七十三 雪の正月