八 朱雀院

大鏡 現代語訳
原文現代語訳

六十一代(将門・純友の乱はこの御代である。)

次の帝は朱雀院天皇と申し上げました。お名前は寛明。この方は醍醐天皇の第十一皇子です。ご母后は皇太后穏子と申し上げました。太政大臣基経公の四女です。この帝は延長元年癸未七月二十四日にお生まれになりました。同じ三年乙酉十月二十一日に東宮にお立ちになりました。御年三歳。同じ八年庚寅九月二十二日に即位なさいました。御年八歳。承平七年正月四日にご元服。御年十五。世をお治めになること十六年。(ある本に、二十四でご出家、天暦六年八月十五日に崩御なさる、とある。御年三十。御陵は鳥辺野にある。)石清水八幡の臨時の祭は、この御代からあるのですよ。この帝がお生まれになってからは、御格子もお上げせず、昼も夜も灯をともして、御帳台の中で三歳になるまでお育て申し上げました。北野の天神(菅原道真の怨霊)を恐れ申し上げて、そのようにしたのです。この帝がお生まれにならなかったら、藤原氏の繁栄はこれほどまでではなかったでしょう。

まことにちょうどよい時にお生まれになったのですよ。即位なさってから将門の乱が起こり、そのご祈願のためだと聞いておりました、この臨時の祭は。その東遊の歌は、貫之殿が詠んだものです。

「松もおひまたもかげさすいはしみづゆくすゑとほくつかへまつらむ(松も生い茂り、さらに影を映す石清水の流れのように、末長くお仕え申し上げよう)」。

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