大事を思ひたたむ人は、さり難き心にかゝらむ事の本意を遂げずして、さながら捨つべきなり。しばしこの事果てて、おなじくば彼の事沙汰しおきて、しか〴〵の事人の嘲りやあらむ、行末難なく認め設けて、年ごろもあればこそあれ、その事待たむ程あらじ、物さわがしからぬやうになど思はむには、え去らぬ事のみいとゞ重なりて、事の盡くる限りもなく、思ひたつ日もあるべからず。おほやう人を見るに、少し心ある際は、皆このあらましにてぞ一期は過ぐめる。近き火などに逃ぐる人は、「しばし。」とやいふ。身を助けむとすれば、恥をも顧みず、財をも捨てて遁れ去るぞかし。命は人を待つものかは。無常の來ることは、水火の攻むるよりも速かに、遁れがたきものを、その時老いたる親、いときなき子、君の恩、人の情、捨てがたしとて捨てざらむや。
五十九 大事を思ひたたむ人は
徒然草 原文
原文現代語訳